08.遊びつかれた子供(2)

 持ち上げた左手をナイフへ差し出した。刃が見える――無造作にナイフの刃を摘む。


 たいした力を入れたわけではない。滑って指の間から手を突き刺すかも知れない。しかし恐怖は微塵も感じなかった。


 奇妙な高揚感はまだ続いている。


「……っ、やはり私より上ですか」


 彼の呟きがオレの予想を肯定した。笑みを絶やさないオレに、新緑の瞳が細められる。


 次の瞬間、彼はナイフを離して腰の銃を抜き放った。シフェルの周囲を青い膜が覆うのを見る。どうやら魔力が可視化されているようだ。


「大人しく倒されてください」


 年下へ丁重な口調で物騒な言葉を吐いた青年が、無造作に引き金を引いた。


 咄嗟に刃を掴んでいた指でナイフを投げ、くるりと回転した柄を掴み直す。以前のオレには出来なかった芸当だが、今は出来ると理解できた。


 確信がある。


 そう……できると知っていたのだ。


 最初に戦場で戦った際も、ジャック達にテントへ連れてこられた時も、己の運動神経の良さに助けられた。一種のチートなのか、身体能力が過去のオレから考えられないレベルまで引き上げられている。



 銃弾が頬を掠める。彼の腕が悪いのではなく、殺す気がないため外された。


 頬にちりちりと痛みが走るのを、右手の甲で無造作に拭う。足元の溶けた煉瓦を踏んでいても痛みはないのに、銃弾は僅かながら傷を負わせた。


 物理的な力は撥ね退けても、魔力による攻撃は通過するらしい。


 竜としての力関係や魔力量は、明らかにオレが格上だ。だが戦闘時の駆け引きや技量は負けていた。短期決戦しないと負ける……どこかで警鐘が鳴る。



 手にしたナイフを見つめ、自分より明らかに大きな青年に視線を移した。


 改めて弾を装填した青年の銃口は、オレの胸に向けられる。頬の傷に怯まなかったオレを捕らえる手段として、傷つけても動きを止める気だろう。



 いい判断だ。


 だが……これならどうする?



 そこでナイフをわざと落とす。


 怯える子供の仕草で顔を覆い、煉瓦だった熱い流れの上に膝をついた。力尽きて崩れた風を装い、涙を零す。


 子供と女の涙は武器になる、だろ?

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