340.傭兵の戴冠式は恙無く(1)

 自衛隊方式事件が発覚する少し前に戻ろう。準備した衣装を纏い、堅苦しい儀式に参加した。盟友ジークムンドの戴冠式だ。建国するってのに、あいつ、豪華な衣装の襟元は寛げてた。マントで隠れるのをいいことに、腰のベルトにナイフ、肩に銃のホルダーを下げてる。主役がそこまで重装備なのは滅多にない。あ、足のブーツにも銃を隠してやがるな?


 事前に情報屋レイルを通じて、あれこれ工作してもらい、銃撃や暗殺未遂はほぼ防げた。オレも数人片付けたけどね。


 リアは護衛にコウコを望み、赤龍の聖獣も指名にご機嫌だった。あれこれと中央の国の裏事情を聞いてしまったので、現状、オレは国外に出る機会を減らしている。変な情報漏洩の疑い掛けられると困るし。


 肘をついて窓の外を眺める。ジークムンドの戴冠式が終わった南の国の王城で、ぼんやりと過ごす時間は贅沢だった。今まで戦場や官舎で襲撃と隣り合わせの日常だったからな。


 振り返ると聖獣達が寛いでいる。戴冠式の前にジークムンドがマロンと契約を交わした。その姿は通常なら非公開なのだが、今回は新しい国を興した告知を兼ねて民の前で行う形をとった。


 マロンは聖獣としての金の角がある馬として現れ……ああやって外から見ると、意外と威厳がある。今はソファでお菓子頬張ってるけど。


「マロン、契約って聖獣に負担はないのか?」


『お腹空きました』


『主殿、一時的に契約者に魔力を与えたゆえ、空腹のはず。食料を用意したほうが良いぞ』


 思わぬ援護のヒジリに頷くマロンは、用意された菓子をすべて口に入れた。最近焼いてないからクッキーないんだよな。他人の城でオーブン爆発させるわけにいかないし。


「食べ物はなんでもいいの?」


『ご主人様の魔力を直接でも構いません』


 お手軽な方法があった。魔力が不足したなら、流し込めばいい。窓際から離れて、マロンを膝の上に乗せてソファに座った。嬉しそうなマロンの髪を撫でて、魔力を放出する。オレの周りに魔力が炎のように纏わりつくイメージだ。ゆらゆらと漂う魔力をマロンが吸い込み……?


「お前ら、便乗してるじゃねえか」


『美味しいよ、主ぃ』


 悪びれない青猫の影で、スノーはチビドラゴン姿で摘み食いをする。隠れてても見えてるからな?


『私は、その……あ、余ってる分を』


 言い訳が可愛いので許す。ヒジリは無言で吸い込み、よく咀嚼して飲む。隠れる気さえないあたり、堂々としていた。


「まあいいや」


 足りなければもう少し。マロンの様子を見ながら、魔力を放出する。両手でかき集めるようにして口に押し込むマロンは、時々オレの表情を窺う。その上目遣い、あざと可愛いぞ。この角度は効果が高いのか、いや……リア相手に使うなら床に座るしかないな。


 大人の女性相手なら使えるが、リア以外に浮気する気はない。絶対にない。日本でも思ってたけど、浮気って何をどう言い訳しても、ただの肉欲じゃん。叶わなかった純愛みたいなフリした物語や、出会うのが遅かったと言い訳する作品も知ってるけど。そんなに好きなら、今付き合ってる相手と別れてからにしろっての。今の彼女をキープして、新しい相手に手を出すのは、最低のクズだ。


 軽いノックの後、侍女の案内でリアが顔を見せた。この後、オレは宿泊予定だが、リアは晩餐を終えたら帰る。先日も狙われたばかりの皇帝陛下は安全第一、同行して帰る予定だったのにリアが「ゆっくりして来い」と言ってくれた。だから明日の夕方に帰国予定だ。


 リアの気遣いを無駄にするのも悪いし、きっと今後、気楽に会えなくなると思ってるのかな? 安心してくれ。どこまで行っても傭兵出身者、よその国から文官や武官を分けてもらった国でも、傭兵のための国だ。自由さや奔放さは消えないだろう。オレも勝手に城内に転移するつもりだし。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る