339.世界を維持する仕組みのひとつ(2)

「は?」


 驚き過ぎて、間抜けな声がでた。それをどう捉えたのか、シフェルはなんでもなさそうに続ける。


「皇族はこの世界の要です。本来はこんなに数が減ることはない。替えが効かないお方を害された場合、命の対価に命を差し出す一族が必要でした。我が先祖は魔術師であり、その魔術を編み出した。これは誇りであり、私の役目ですよ」


 心底誇りに思っているのだろう。当たり前のようにリアのために死ぬと言った。その立場がオレの物なら、オレも同じように誇れるか? そう問うたら、難しい。抜け道を探して一緒に生きたいと願うから。きっとオレには無理だ。


「ヴィヴィアンが魔術師なのは」


「その影響です。先祖返りでしょうね、魔術が得意なのです。私は攻撃に使う分には問題ありませんが、彼女ほど魔術に明るくありません。皇家直系が陛下だけになった当代、優秀な魔術師としてヴィヴィアンが生まれたのは、世界の加護でしょう」


 シフェルは部下の淹れたお茶を飲み、渋かったのか苦笑いした。気負うことなく当たり前のように命を投げ出せる。それが騎士だ。理屈でわかっていたつもりで、感情は理解していなかった。


「っ、だとしたらシフェルの兄……」


 リアへの叛逆で捕まった熊男も? 確か騎士としての地位を落とし、爵位を剥奪したとか。あの時スレヴィを殺さないことに、この世界は存外平和だと思ってたけど。違う……いざというとき、メッツァラの血筋を絶やさないための行動だ。


 危険な時、ヴィヴィアンの魔術でスレヴィを犠牲にすれば切り抜けられる。シフェルが子を残せば、次代にも生贄の血筋は繋がる計算だった。だから皇帝陛下に弓引いた公爵家当主が殺されなかったのだ。


「貴族って怖っ」


「これからはあなたも同じ世界で生きていくのです。頭は悪くなさそうですし、カンもいいので何とかなるでしょう」


 嫌なお墨付きをもらってしまった。そうか、リアが崇められるのは皇族の血筋が世界の仕組みのひとつだから。絶対に絶やしてはいけない血筋だから、竜属性で長寿を与え、番となる存在を異世界から呼び付けた。前の世界のカミサマの「貸しを返す」はこの辺に掛かってたのか。


「オレは知らなくてもいいことを知ってしまった……」


「そうですか? どちらにしろ、皇族に名を連ね、次代の皇帝陛下の父上となるキヨに「知らない」という未来はありませんよ」


 曖昧に微笑んで賛否を避ける。これは日本人特有の表現だが、シフェルはにっこりと微笑み返した。くそ、負けた気がする。


「もっと勉強するか。リアのお婿さんがバカにされるのは癪だし」


 オレが悪く言われるのはいいけど、リアに恥をかかせるのは御免だ。レイルのように偏った知識も悪くないが、もっと広く浅く全体を把握するシステムを構築しないと。まさか皇帝陛下の配偶者が、裏社会の帝王ってわけにいかないだろ。




 決意を新たにしたが、わずか1ヶ月後、思わぬシステムを構築していたことを突きつけられ、オレは愕然とする。


「……なんだこれ」


「キヨが命じた通りだぞ」


「問題ないはずだ」


 オレが作らせた孤児院が機能しているか、確かめに向かった。その先で、軍隊式の敬礼から始まる挨拶で迎えられ、中も自衛隊ばりの厳しい規則をこなす子ども達……想像と違い過ぎて。


「自衛隊の訓練機関かな?」


 自衛隊が通じなかったが、軍隊と翻訳されたらしい。軍ではないと否定されたが、下手すると騎士の寮で暮らすより窮屈そうだ。子ども達はすっかり訓練されて、特に負担に思ってないのが怖い。


「よかったじゃねえか、手足が伸びて」


 同様の教育方針で情報組織を拡大したボス、レイルはからりと笑った。

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