06.平和ボケのツケ(3)
「……クソガキが」
吐き捨てた男の蹴りがわき腹に食い込む。吐き気がして身体を丸くした。
気持ち悪い、
痛い、
苦しい、
ふざけるなよ、
殺してやる……負の感情が湧き出す。
「……っ、して、ゃる」
呻いた声は小さくて、きっと男には届かなかった。
だが睨み付けた視線の鋭さに気付いた青い男が再び足を上げ、今度はオレの右手を踏みつける。
ぎりっ……踏みにじる音が耳に大きく響いた。
感情が命じるままに無理やり身体を動かす。ぎしぎし軋む音が響く関節も、激痛に引きちぎられそうな筋肉や粉々になった気がする骨が警告を発するが、真っ赤に染まった意識がすべてをねじ伏せた。
「キヨが消えた!!」
飛び込んだライアンは真っ青だった。
ここ数ヶ月、戦場で新人や子供が拐かされる事件が続いている。
捕まって殺されるのか、どこかに売られるか。軍が中心になって調べているが、まだ犯人も組織の規模もわからなかった。
当然、希少種である竜のキヨヒトが狙われる可能性を危惧し、常に4人の誰かが付き添うことを徹底してきた。
今回の買い物も、キヨヒトの希望とライアンが付く条件で実現したのだ。なのに警護役のライアンが飛び込んで来るという事態に、ジャックは口元に運びかけのカップを床に投げ捨てた。
「どこだ!?」
「シンカーの市場だ」
熱いコーヒーが床にシミを広げ、砕けたカップが抗議の悲鳴を上げる。それを踏みにじり、ジャックは立ち上がった。
同席していた赤毛の青年は自分のコーヒーをしっかり飲み干し、目の前の偉丈夫を見上げる。観察する眼差しは、どこか面白がる色を浮かべた。
「なに? そんなに大切なガキ?」
「ああ……調べてくれ。大至急だ。金は払う」
まだ座っている赤毛のレイルは、氷に似た冷たい薄氷色の目を細めて「ふ~ん」と曖昧な返答を寄越す。二つ返事で引き受ける気はなさそうだった。
その気になれば凄腕の情報屋だが、彼は気分が乗らないと報酬額や相手に関係なく仕事を請けない。
ジャックに付き添っていたノアが目の前に袋を置いた。じゃらり、金属の音がする。皮の袋の口を開いて、中身を少し見せた。
「レイル、欲しがってた『板』をやる」
珍しく焦った口調のノアが出した条件は、彼の気を引いたようだ。袋の中身を数え、20枚の『板』に目を瞠った。
子供一人に出す報酬ではない。『板』2枚もあれば、子供ひとり探す報酬としておつりが来る。それを10倍も支払うというノアは、ひどく慌てていた。
何か裏がありそうだとレイルは目を細める。
「これ全部? また、随分奮発するねぇ……」
口笛つきで揶揄する青年は、にっこり笑う。
「いいぜ、引き受ける。特徴を教えてくれ」
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