93.そもそもお湯が沸かせたじゃん(2)

 朝日が昇るとすぐに目が覚める。ここのところ屋外で寝起きするため、テントが光を遮っても目が覚めるのだ。一度起きてから楽しむ、短時間の二度寝がオレのお気に入りだ。しかも今朝はもふもふの黒い毛皮様を抱きしめる特典付きだった。


「ヒジリがいると、ダメ人間になりそう……」


『主殿、起きたなら我は影に戻るぞ』


「え、冷たくない?」


『他の聖獣が朝食を確保できると思うか?』


「あ、無理だね」


 仕方なく手を離すと足元の影に吸い込まれるように消える。手持ち無沙汰になったので、欠伸をしてからベッドに座った。コウコもスノーも見当たらない。全員影の中なんだろうかと想像しながら、靴に足を突っ込んで驚いた。


 びくりと揺れた足を宙に浮かせ、なにかが占領している靴をそっと摘まみあげる。目の高さから逆さにして振ると、蛇が腕に絡みついた。ひぃ……声にならない悲鳴は、爬虫類の冷たい感触に凍り付く。


「コウコ、脅かすな」


 ぼやいて腕から首へ移動するコウコを撫でた。気持ちよさそうに目を細める仕草を見せるものの、爬虫類特有の瞬きがない金瞳はくるんと大きなままだ。


「コウコが右の靴にいたなら、左は……」


 今度はさっさと逆さにして振る。低い位置で振った左の靴から小さなトカゲが転がり出た。落ちまいと靴紐にしがみ付いている。


『主様、落ちるっ、落ちます』


「後ろの尻尾がもう地面についてるから」


 指摘されて安心したスノーが手を離して、無事着地した。チロチロと舌を見せるトカゲは照れ隠しなのか、ベッドの下に入っていく。


「朝から疲れた」


 前世界なら爬虫類はテレビ越しでしか縁がなくて、おそらく直接触ることもなく生涯を過ごしただろう。都会育ちなので子供の頃に触った記憶もない。魚の鱗とも違うすべすべして冷たい感触は、生理的な嫌悪感もなく受け入れられた。


「おはよう、キヨ。体調はどうだ?」


 ノアが心配そうに声をかける。昨夜は別に熱が出たわけじゃなし、心配される状況だったかと記憶を辿ってしまう。まあ、オカン属性なノアらしいけど。


「ありがと。問題ないよ」


 大きく伸びてからテントを出る。大きめのテントは20人ほど入るが、その一角をわざわざ布で区切って部屋にしてくれたのは、傭兵達の気遣いだ。壁代わりの布をすり抜けると、外側の方がかなり寒い。


「うーん。テントの改良って必要だよな」


 魔法がある世界なんだから、もう少し魔法の使い方を真剣に検討した方がいいと思う。前世界で観た魔法映画なんか、生活が1から10まで魔法漬けだった。この世界は魔力も魔法もあるくせに、物理で戦ったりする。

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