126.赤がないなら白でいいじゃない(2)

 周囲がざわつく。こういった場で魔法を使う者がいないからだろう。マナー違反ではないが、魔法の制御は高等な技術とされていた。本業の魔術師であっても、人が多く魔力が入り混じる舞踏会のような場所で、魔法は使わないと聞いた。だからこそ使ったんだけどね。


 制御と魔力量には自信がある。


 ワインを引き寄せる魔法にざわめいた会場の空気を、今度は別の声が切り裂いた。


「皇帝陛下のご来場です」


 慌てて臣下の礼を取って迎える集団に、オレもヒジリから下りて頭を下げた。ちらりと上目遣いで窺えば、小さく手を振るリアムがいる。指先をちらっと動かして返してから、後ろのシフェルともアイコンタクトした。右手のグラスを見せれば、見下ろした会場の状況を把握したらしい。赤いワイングラスを手配してくれるといいのだけど……正直、間に合いそうになかった。


 予定変更だ。いい流れのいま、リアムと踊るより先に騒動を起こすしかない。


「みな、此度は戦勝祝いだ。楽しんでくれ」


 声をかけて玉座に腰を下ろす。美しく麗しい皇帝陛下は、今日も立派な少年姿だった。当然なのだが、彼女がこの場の誰より可愛らしい女性だと知るオレには、痛々しく見える。早く元の性別である女性として振る舞えるよう、ひとつずつ課題を片付けるとしましょうか。


 目先のおっさんから行くぞ。


「ヒジリ、陛下にご挨拶に行こうか」


 こういう場での挨拶は、まず上位貴族から向かうものだ。同じ公爵ならば血筋や役職で順番が変わるが、侯爵より辺境伯が優先されることはない。ただし、これには例外も存在した。そう、皇帝陛下がお声がけくださる場合は別なのだ。


「エミリアス辺境伯キヨヒト様、陛下のお召しです。こちらへ」


 呼びに来た近衛騎士に誘導され、ヒジリを従えて歩き出す。黒豹の足元にはいつのまにか青猫がいた。右肩に白トカゲ、右腕に赤蛇サイズの龍を巻き、オレはおっさんににっこり笑顔を向けて通り過ぎる。これで準備はほぼ終わった。


 セットした爆薬に火をつけるのは、おっさんの役目だ。宰相を務めるローゼンダール侯爵ウルスラが挨拶を済ませた後ろに割り込む形で、辺境伯であるオレが挨拶する。他の侯爵家への根回しはウルスラの仕事だった。いわゆる皇帝派の貴族達は動かない。何も知らずに騒ぐのは、敵対する派閥の連中だけ。


「エミリアス辺境伯、ドラゴン殺しの英雄キヨヒト様をお連れしました」


「……なぜ我らより辺境伯が先なのだ」


 不満を漏らしたのは、新しい獲物だった。ほっそりした長い手足と病的に白い肌の男は、薄茶の長い前髪の間から睨みつける。ぎらぎらと光る緑の瞳は、ねちっこさを感じさせた。同じ緑でもシフェルとは大違いだ。

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