279.結婚報告は波乱万丈(5)

 任せると頷いたところ、彼は素晴らしい手際で魔術師を追い払う。さすがは高級旅館の主人だ。きっと芸能記者が取材に訪れた時も、お忍びの芸能人をこうやって守ったんだろう。やたら慣れてる。


「2回の転移を行い、キヨヒト様はお疲れでいらっしゃいます。質問は王太子殿下を通じてお願いいたします」


 さり気なくシンに押し付けた。しかも王子が疲れてるんだぞ、おら。という強烈なダメ出し。宮廷魔術師としては引くしかない。通常は1人で二度も転移する魔力はないらしいから、慌てた彼らは道を開けた。ここは軽く倒れるべきか? 迷うが、リアムを心配させるから無しの方向で!


 中央の皇帝陛下をお迎えする客間に着くと、パウラが中ではしゃいでいた。お前……おまけだからな? 


「すごい、見てください。皇帝陛下、この絵画……ピカソですわ」


 言われて壁の絵を見ると、確かにピカソっぽい。前衛的っていうんだっけ? 芸術は分からんが、派手な色彩で意味不明な形が描き殴ってあった。あれならオレも描けそう。


「ピカソとは何者だ?」


 教養で習った絵描きの中にない名を聞かされ、リアムは素直に首をかしげた。こういうとき、知ったかぶりしないのが偉い。オレだったら曖昧に「ああ、うん」とか言っちゃうもん。本当に賢い人って、知らないことを知らないって言えるんだろうな。


「お待たせ」


 入り口でレディに声をかける。シフェルはリアムの斜め後ろに控えており、入り口の脇にはベルナルドが立っていた。侯爵と将軍の肩書持ってた人が、そんな新卒の役割を嬉しそうに……笑顔で敬礼されたので軽く手を振る。


「我が君の婚約者であられる、皇帝陛下をお守りしておりましたぞ」


「うん、ご苦労さん。ベルナルドは頼りになるね」


 大物ぶって答え、なんだか皇帝陛下のお婿さんっぽい? と自分で照れる。白けた眼差しを向けるな、シフェル。これからオレの方が偉くなるんだぞ! といっても、地位だけで立場は同じ気がするけど。


「エミリアス侯爵様ならお分かりになられるかしら、ピカソ」


「一応ね。つうか、パウラ嬢の呼び方が怖い」


「皇帝陛下の婚約者様ですのよ? 一伯爵令嬢の私が呼び捨てに出来るわけございませんわ。そんな無作法をしたら、お父様に叱られてしまいますもの」


 優雅な笑みを浮かべ、結い上げた髪を揺らして微笑む姿は、見事な貴族令嬢だった。


 うっわぁ! これが転生者の強みか。何この生まれついての気品みたいなの。リアムもそうだけど……オレの付け焼き刃感が凄い際立つじゃん。

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