07.本性あらわる(3)

 真っ赤な血の海となった路上で、ぼんやりと立ち竦む。


「えっと……帰らない、と」


 呟いたのはごく普通の言葉だった。




 帰らないと…どこへ? 


 どうやって? 


 誰のところへ? 




 湧き上がった疑問に、右手でシャツを掴む。


 帰る場所はない、帰る人もいない。ここはどこで、どうしたらいい?


 苦しくなる気持ちのままに右手が握り締められ、ずきんと鋭い痛みに視線を落とした。シャツの一部を握る右手は赤黒く腫れ、小指はすこし変形している。もしかして折れたのだろうか。



 ――傷、つけられた、このオレが!



 再び怒りがよみがえる。八つ当たりする相手はもういない。人攫いは殺してしまったし、一緒にいた子供はとっくに逃げた。


 誰もいない裏路地で、オレの怒りは空転する。


 そして。


 思考はそこで途切れた。





 ダーン!!


 盛大な爆破音に、最初に反応したのはレイルだった。一番距離の近かった彼が走り出し、音の源へ向かう。これほど大きな音は敵襲でなければ、竜が原因としか考えられなかった。


 探している子供が原因だったなら、すぐに保護する必要がある。


 もちろん、押さえ込めるなら……という条件つきだが。



 砂利で均しただけの舗装路と呼べぬ道を走った先で、大きな建物が崩れていく。


 燃えない煉瓦造りの壁が下から崩れ、燃えて……いや、溶けていた。どれだけの高温に曝されたのか、黒いタールのような姿になりながら固体が液体に変わる。


 二階部分をそのままに、地に触れた先から溶けてどろりと大地を汚した。沈む様に似ているが、溶けた煉瓦は徐々に足元に迫って来る。



 焦げ臭さに顔を顰めたレイルの前に、子供は立っていた。


 むせ返るような灼熱の真ん中で、陽炎ごしに子供が嫣然と微笑み小首を傾げる。中性っぽい端正な顔立ちが、妖艶な美女のように見えた。


 なまじ整った顔の方が迫力がある。


「あんたも……オレを傷つけるか?」


 くすくす笑う無邪気な姿と、物騒な言葉。


 痣だらけの手足を見せ付けたまま、子供は誘いの手を伸ばした。この手を取ったら、間違いなく殺される。確信できるほど子供の目は狂気に満ちていた。



「……報酬外、じゃね?」


 レイルは首を横に振って眉を寄せる。ここまで狂ってる状態から戻すのは時間と手間がかかるだろう。対価が『板』20枚で見合うか、微妙なところだった。


 引き受けたことを後悔しても遅い。

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