07.本性あらわる(4)
ダーン!!
盛大な爆破音に、最初に反応したのはレイルだった。一番距離の近かった彼が走り出し、音の源へ向かう。これほど大きな音は敵襲でなければ、竜が原因としか考えられなかった。
探している子供が原因だったなら、すぐに保護する必要がある。
もちろん、押さえ込めるなら……という条件つきだが。
砂利で均しただけの舗装路と呼べぬ道を走った先で、大きな建物が崩れていく。
燃えない煉瓦造りの壁が下から崩れ、燃えて……いや、溶けていた。どれだけの高温に曝されたのか、黒いタールのような姿になりながら固体が液体に変わる。
二階部分をそのままに、地に触れた先から溶けてどろりと大地を汚した。沈む様に似ているが、溶けた煉瓦は徐々に足元に迫って来る。
焦げ臭さに顔を顰めたレイルの前に、子供は立っていた。
むせ返るような灼熱の真ん中で、陽炎ごしに子供が嫣然と微笑み小首を傾げる。中性っぽい端正な顔立ちが、妖艶な美女のように見えた。
なまじ整った顔の方が迫力がある。
「あんたも……オレを傷つけるか?」
くすくす笑う無邪気な姿と、物騒な言葉。
痣だらけの手足を見せ付けたまま、子供は誘いの手を伸ばした。この手を取ったら、間違いなく殺される。確信できるほど子供の目は狂気に満ちていた。
「……報酬外、じゃね?」
レイルは首を横に振って眉を寄せる。ここまで狂ってる状態から戻すのは時間と手間がかかるだろう。対価が『板』20枚で見合うか、微妙なところだった。
引き受けたことを後悔しても遅い。
マグマのような高温で流れる土の上に、子供は素足で立つ。まるで痛みを感じていない様子から、魔力で己の身体を包んでいるのだろう。だが、目を凝らしても制御された魔力の欠片も見えなかった。
高すぎる制御レベルに天を仰ぐ。
『竜』と聞いているが、ここまで『純粋』な奴は初めて見た。
この煉瓦を溶かす熱を生み出したのは、目の前の小柄な子供だ。
使う術も魔力量も知らず、暴走させた結果だろう。炎を使うなら、これほど高熱である必要はなかった。
血に濡れた彼の足元に転がる手枷と、元人間らしき残骸を見れば状況は推測できる。
きっと『竜』を本気で怒らせ、殺された――。
「ねえ……」
誘うように揺れる手に、レイルが苦笑いして一歩踏み出す。
逆らえば殺される、だが従っても殺されるのだ。ジャック達が駆けつけるまで時間を稼ぐ必要があった。
近づいた分だけ熱が肌を焼く。痛いほどの高熱を踏みしめ、子供は平然と笑う。
「おれはおまえを傷つけない」
落ち着かせるために告げた言葉に、赤瞳の子供は笑みを深めた。
特徴を聞いた時は白金の髪と濃紫の瞳だったが、竜の特徴のひとつで『狂うと赤い瞳になる』者がいる。もちろん全員が対象ではなく、確率は半分程度だ。しかし、この赤い瞳が厄介だった。
『竜の赤い瞳』は高すぎる能力を開放した際に現れる印だ。
基本的に属性は『犬、猫、兎、馬、魚、虫、鳥、熊、牙、竜』の順で表記されてきた。なぜならば、左から右に行くにつれ希少性が上がる。
この順番が示すのは『魔力量』『気性の荒さ』『精神状態』『魔法への適正』『繁殖力の低さ』を示していた。すべては基本的に右へ行くほど強くなる。
だが一番重視された並び順は『希少性』だ。
竜が一番希少とされるのは、彼らの性質にあった。
理性を手放したが最後、周囲を破壊し尽くすまで止まらない。殺し尽くし、満足するまで蹂躙し尽くしてやっと『戻る』のだ。
火山や台風の天災に似て、勢いが収まるまで手が付けられないほど、凶暴になる。
赤い瞳を持たない竜にその特性は現れないが、それが世間に浸透するまでの間に竜はほぼ殺されてしまった。他の属性を持つ者にしてみれば、竜はもっとも魔法に適して魔力量の多い『脅威』でしかなかったのだ。
いくら竜が他の属性より強くとも、多数に囲まれて襲撃されれば敵わない。赤瞳を持たない竜は大人しい者達だが、知らない他の属性に虐殺されて極端に数を減らしていった。
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