61.異世界人の知識は、非常識なほど便利でした(2)

「レイルは、悪ぶった言い方が好きだよな」


 だから誤解されるんだと呟きながら、オレは首に巻きついたコウコを撫でた。


 ぶわっと暖かい風が吹く。荒地で風が吹けば埃を舞い上げるものだが、川が氾濫した今は生臭さと湿気が押し寄せた。涼しさや爽快感はまったくない。


「うわっ……ぬるい」


 無機物だが風は通るらしい。眉をひそめたオレの首から、コウコが飛び降りた。見る間に大きさが数倍になる。最初に見た姿よりは小さいから、細かく調整が効くのだろうか。


『主人が戦うなら協力するわよ』


 瞬く瞳は金色だ。今まで出会った聖獣はすべて金瞳で、かなり綺麗だと思う。アナコンダサイズの大きな蛇に、ノアが顔を引きつらせた。彼は蛇が苦手かもしれない。


「ここに飛び込んでくる敵を上から攻撃してくれる? 方法は任せるから」


『任せて』


『主殿、我も』


 影から顔を出すヒジリに右側の塹壕を指差した。


「あっちをお願い。ジーク達を連れて帰りたいから、死なせないで」


『ふむ、主殿の願いであるなら』

 

 影から飛び出したヒジリを撫でてやると、満足そうに喉を鳴らしてから走っていった。突然飛び込んでも攻撃されないあたり、ジーク達も聖獣に慣れてきたんだろう。


「さて、ブラウはどうする?」


『……残った左側を守るの? 主』


「いやならいいよ、契約解除するから」


 オレの影から顔だけ出した青猫に、にっこり笑って銃口を向ける。こんなのじゃ死なないだろうが、ちょっとした脅しにはなった。


『協力しますです、はい』


 奇妙な言葉遣いで這い出てきたブラウは、やはり猫だからか。何か仕事をするより寝ていたいらしい。仕方なさそうに歩く背中に声をかけた。やる気は大切だ! 生存率に直結するからな。褒美をちらつかせるのが、一番早い。


「きちんと仕事したら、焼き菓子をやるぞ」


『焼き菓子……主のクッキーがいい』


 この世界の焼き菓子はもそもそした食感で柔らかい。しかしオレが作るクッキーは前世界のイメージで焼いたから、さくっと食感が好評だった。好評先が皇帝陛下や公爵閣下だったりするので、高級菓子に分類されている。


 以前に焼いたクッキーがそろそろ尽きるので、この戦場が片付いたら城で焼く予定だった。愛しの皇帝陛下に献上しなくてはならない。


「焼き立てを用意してやるよ」


『主! 僕は仕事の出来る猫ですから』


 先ほどまでと打って変わった勢いで走っていく。左側の塹壕にブラウ、右側はヒジリ。中央はオレが陣取って上からコウコ……ほぼ完璧な布陣だ。


「よし! 準備終わり」


 地図を広げなくても、近づいてくる敵の位置が感知できる距離になっていた。

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