146.秘密をまたひとつ(2)

 高揚感が身体を軽くした。何もかも、遠くまで見通せるような万能感が広がって、表情が柔らかく変化する。その後ろで息をのんだヴィヴィアンは、味方の貴族を下がらせた。魔力量の少ない侍従の中には中てられて体調不良を訴えるものが出始める。


 貴族は総じて魔力量に恵まれた者が多いものの、男爵家や子爵家の一部に倒れる者も出た。確認しなくてもわかる。今のオレから漏れ出す魔力量は、可視化するほどの濃度があるはず。


『主殿、赤瞳が出ておるぞ』


「ああ、たまには開放しないと」


 くすくす笑いながら、正面からリーゼンフェルト侯爵と目を合わせた。驚いて見開かれる目に反射するのは、高慢なガキの赤い瞳――この世界で最強の属性である赤瞳の竜だ。本能的な恐怖を感じて怯える男へ、一歩進み出た。


 毒が消えた身体は軽く、赤瞳の高揚感で心も軽い。


『あたくしは主人を支持するわ。こんなクズは目障りよ』


 コウコは好戦的に挑発する。それを嗜めるようにスノーが口をはさんだ。しかしスノーも擁護するというより、柔らかい言い回しで追い打ちをかける。背中に当たる尻尾が地味に気になった。ぱしんぱしんとリズムカルな尻尾は、敵を排除したい本心を滲ませる。


『主様の手を汚す価値はありません。私が処分しましょう』


『主ぃ、僕の獲物だよ』


 全員が襲い掛かる意思を示す中、大急ぎで貴族たちが離れていく。リーゼンフェルト侯爵とラカーニャ伯爵令嬢を残した場で、オレはわずかに首をかしげた。


「この2人は親戚か?」


 やたら仲がいいよね。親戚じゃないなら変だな……そんなニュアンスに隠された「お前ら、愛人関係じゃね?」という醜聞は、事実かどうかは関係ない。公の場で疑われて、口にされるほどの密着言動が問題とされる。


 伯爵令嬢はお取り巻きの件もあり、もう婚姻は絶望的だった。リーゼンフェルト侯爵が妻帯者なら妻は逃げ出すだろうし、独身ならご令嬢と同じ憂き目にあう。もちろん2人で結婚でもしたら、社交界追放は確実――どう転んでも貴族として終わりなのだ。


「キヨ……我が半身たる赤瞳の竜よ。そこで引いてはくれぬか?」


 近衛騎士であり後見人のメッツァラ公爵夫妻と、宰相のウルスラを従えた皇帝陛下のお出ましだ。立派なマント姿の少年……いつか可愛いドレスを着せてお披露目したい。オレの婚約者で、最愛の人だと公言したい気持ちが膨らんだ。


 今の恰好も凛々しくて好きだけど、髪を伸ばして結ったら可愛いだろう。そう考えながら、鬱陶しく伸びた自分の髪を指先で背に弾く。赤い瞳を解放したことで、魔力が漏れ出していた。その弊害のひとつとして、髪が伸びるのは呪いみたいだ。


 オレが伸ばしたいのは自分の白金の髪じゃなく、リアムの黒髪なのだから。


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