146.秘密をまたひとつ(3)

「皇帝陛下、ご招待いただいた宴ではありますが……」


 遠回しに退出を申し出るシンは、白ワインのグラスを手にしていた。さきほど1つ砕いたので、新しいグラスだろう。見れば、レイルが巻いた絆創膏もどきが指や手のひらを覆っていた。


「退出されてしまうのか……」


 残念そうにリアムが表情を曇らせる。


「我が国の夜会で、このような不手際が生じるとは……まことに申し訳ございません。当事者はしっかり処分してご報告申し上げます」


 ウルスラが宰相として詫びを口にする。これで国として調査し、他国の王族への不敬を問う形式が整った。だがこの程度で許すオレ達じゃない。


『我らが主殿への不敬、これらを処分しようが許されぬ』


 ヒジリが唸る。黒豹の鼻にしわが寄り、不快だと示した。これからが全員出演の演劇会の始まりだ。夜会に相応しい演技を見せつけてやろうじゃないか。


 茶番だとわかっていても、貴族程度が口出しできない面々の公的な話し合いを行う。通常なら下がって別室で行われる話を、わざと人前で行うことに意味があった。


『当事者? 参加しなかった無礼者がまだいるんじゃない?』


 ブラウがふわふわの尻尾を勢いよく振りながら、ちくりと嫌味を口にする。こういう役は本当に似合うな。地で行けるのが凄い。感心しながらバカにしていると、ぱしんと尻尾が腕を打った。あれ、顔に出てたか?


 胸元が少し開けた夜会ドレスのヴィヴィアンがゆったり一礼した。


「おそれながら申し上げます。エミリアス辺境伯への狙撃犯は、我が兄が聖獣殿よりお預かりいたしましたわ。すぐに別の黒幕も判明すると思われます」


「我が国ならば、拷問しても口を割らせるが……貴国ではどのような方法を?」


 シンがわざと厳しい言い方をする。凍り付いた場で、貴族は逃げることもできずに立ち尽くしていた。ここから逃げ出せば、要らぬ嫌疑を受ける。この場でじっと、上位者の話し合いが終わるまで動かずに待つのが、一番安全なのだ。もちろん、何らかの形で絡んでいない貴族は……という注釈はつくが。


「……この場で陛下や殿下方にお聞かせできないような方法であることは、否定いたしません」


 意味ありげに告げた近衛騎士団長シフェルの言葉に、貴族が数人悲鳴を押し殺した。

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