319.後悔は後で悔いると書く(1)

 金属の空洞の中を反響しながら届くので、遠くまで聞こえるんだっけ? それとも音が拡散しないから届くんだったか? 原理は曖昧だが、なんとなく分かる。数百年前の異世界人、いい仕事してるな。


「便利だね」


「オペラ鑑賞のとき、ガラスの所為で音が遠くて聴きづらいと言ったら、作ってくれた」


 何というチート。オレはそんな知識ないぞ。せいぜい作れて、糸電話レベルだった。数百年後の異世界人に「マジすげぇ」と言わせる発明を置いていかないと、未来で舌打ちされそうだ。オレみたいな奴を召喚されたらヤバい。


 会話が出来るなら、今回は下まで降りていかなくて済みそう。ほっとしながら、ソファベッドに腰掛けた。後ろに陣取ったヒジリに寄りかかる。マロンが隣に座り、遠慮がちにヒジリに声をかけた。許可を得て、そっと寄り掛かるが……なんだか不安定だった。腹筋で耐えてないか?


 ぐいっとオレの膝枕まで引っ張ったら、嬉しそうな顔をする。膝枕してくれと言っていいんだぞ。弟のような気持ちで淡い金髪を撫で回す。オレの小型版だからか、とにかく可愛いな。スノーは当然のように肩乗りドラゴンになり、ブラウは広い場所に寝転がった。聖獣用ソファと聞いていたが、空いた場所に王族も腰掛ける。


「お父様、張り切ってるわね」


「あ、ヴィオラ姉様」


 ワインレッドのドレスを纏うヴィオラに話しかけたら、ぐりんと首がこっち向いた。怖い。


「なに? 何でも言ってご覧なさい」


「リアのお土産に、ヴィオラ姉様と同じリップが欲しい。売ってる店を教えて?」


 ぶりっ子しながらお願いすると、両手を胸の前に寄せて肩を抱き、いやーんと身悶え始めた。北の王家特有の赤毛がわっさわっさと揺れる。ハーフアップの髪が崩れるのも気にせず興奮したあと、ヴィオラはぐいと身を乗り出した。


「売ってる店はもちろん教えるけど、予備の紅もあげるわ。それでね、お姉様のお願いをひとつだけ聞いてくれる?」


「いいよ」


 える、しってるか。こうかいはあとからくいるとかくんだぜ?


「やった! 私の紅を大至急持ってきて! この色よ」


 侍女に己の唇を指さして命じる。実際のところ、王女なら専属侍女がいるはずなので、今つけている紅だと伝えたら分かるだろう。大急ぎで退室する侍女を見送りながら、オレは背中に冷たい汗をかいていた。


「ふむ、ならば帯は交換した方がいいな」


 なぜかシンも口を挟む。するとヴィオラが目を輝かせた。


「紅の色に合わせるのね。素敵」


 オレは青い帯で、シンは深い赤だった。交換して紅の色と合わせる……合わせるだと?


 逃げ出そうとしたオレの襟を掴んだレイルが、げらげら笑いながらオレを放り投げる。ソファベッドで弾んだオレを、シンが後ろから抱き締めた。表現を変えると、羽交い締めにされたとも言う。


「くそ、レイルの裏切り者ぉ!!」


「もう出世払いももらったし、しばらくお前は金にならん。だがシンに渡せば、小遣い稼ぎくらいはさせてくれるだろ」


「これでいいか?」


 真顔でシンが金貨を1枚手渡した。王子のくせに、袖の中にコインを隠してるのかよ!! 文字通り袖の下じゃねえか。


「オレ、金貨1枚なんだ?」


 ふーん、そう呟いて唇を尖らせたら、慌てたシンが手を緩めた。その隙に這って逃げたが、今度はヴィオラに捕まる。豊満なお胸様に顔を押し込まれ、やや幸せ……じゃなく苦しい。


「逃げちゃダメよ、キヨはお願い聞いてくれるんでしょう?」


 笑う義姉の声に諦めて力を抜いた。仕方ない、リアに見られるわけじゃないから我慢だ。彼女に使い心地を伝えるためと割り切れ。自分に言い聞かせて、大人しく座り直す。王族が馬鹿をやっている間にも、眼下では着々と裁判の準備が整えられていた。

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