100.キスは未遂だから!(3)

「スノー、朝だぞ」


『抱っこしてください、主様』


 チビドラゴンが手を伸ばすので抱き上げると、思ったより冷たい。白トカゲと自動翻訳されてたから、変温動物なのだろう。体温が下がり過ぎたらしい。コウコが絡まった右腕をそのままに、左腕で抱きかかえて振り返った。


「すごい姿だな! 聖獣の主って感じが出ている」


 着替え終えたリアムは、やっぱり……というか。男装していた。彼女にとっては日常になった皇帝陛下の正装だが、女性だと知っているから複雑な思いが過る。顔に出すとリアムが気にするから、眉をひそめたりしない。


 出来るだけ早く、彼女が願う女性らしいドレスやワンピースで着飾らせてあげたいと思った。


「夜は宴があるから、それまでお茶でも付き合ってもらおうか」


「うん」


 頷きながら、オレは少し視線を逸らした。その仕草に気づいたリアムは、手を引っ張ってオレを奥へ連れて行く。空気を読んだ聖獣達が影に飛び込んだ。


「どうしたのだ?」


 素直に聞いてくるリアムに言うべきじゃない。なのに気遣ってくれる優しい彼女に、知っていて欲しいとも思った。


「……ドレス姿のリアムを見たい」


 息を飲んだリアムは何も言わず、掴んだ手を引き寄せた。俯いたオレの手に、彼女の指が絡み付く。恋人つなぎをした彼女の気持ちが読めなくて、言わなければよかったと後悔した。


「ごめんね、こんなの。言うべきじゃなかったんだけど、でも1日も早く、リアムがドレスで着飾れるように……オレ」


 頑張ると締め括ろうとした唇が、彼女の手にふれた。声を押し留める手が滑って頬を撫でる。細い指が首筋や耳をなぞった。


「私も早く戻れるようにするから」


「うん。頑張るから」


 子供達の小さな願いに、廊下のシフェルは溜め息をついた。戻ってきたクリスが首をかしげると、シフェルは首を振って説明を拒む。しかし部屋の奥で俯くオレ達の姿に気づいた彼女は「頃合いなのかしら」と呟いた。


 もう性別を偽り続ける時期ではない。伴侶となるべき存在が見つかったのだから。そんなクリスの声に、シフェルはまったく逆の考えが浮かんでいた。


「いま認める方が危険です。きっとキヨも気づいたでしょうね」


 皇帝の唯一の血筋が女だと知られたら、他国の王族から婚姻の申し出があるだろう。国内の貴族も動き出す。彼女に子を生ませれば、その子が次の皇帝となるのだ。卑怯な手を使っても子を成そうと襲う輩が出るのは、火を見るより明らかだった。


「……そうね」


 クリスの掠れた声に滲んだ同情が、現状の過酷さを表していた。

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