278.後始末より夕食優先(3)

「じいや、鏡みたいだぞ」


 なんとも間抜けな指摘をする。そのくらい言葉に詰まる驚きだった。たぶん……リアムとの食事の時よりピカピカだ。傷がない新品じゃなく、使った傷跡があるのに光ってる。


「コツがございます」


 笑顔でそう言われると、やっぱり「おもてなし」精神か。と感心するしかなかった。


「セイ! 隣に座ってもいい?」


 愛らしいワンピース姿で駆けてくるリアムを、両手を広げて受け止める。ああ、なんて幸せだ。可愛い恋人は婚約者で、未来のお嫁さん。それを人前で自慢できるんだぞ!


「もちろん。ほら、ここに腰掛けて」


 教わったマナーの作法に従い、粗末な椅子にリアムを腰掛けさせる。といっても、きちんとした木製の椅子なのだが。リアムが普段使うふかふかクッションの椅子と比べたら、絶対に粗末な部類だろう。でも彼女は嬉しそうに手を受けて腰掛けた。そこで顔を顰めたり、嫌がる素振りはない。こういうところ、本当に……貴族令嬢らしくなくて好きだな。


「やべっ、本当に女だった」


「同性愛じゃねえのか」


「ボスはやっぱり面食いだったな」


 最後のは否定しない。にやにやしながら座り、ノアの代わりに給仕を買って出たじいやに任せた。ちなみに聖獣達はすでに並んで専用の器に顔を突っ込む寸前で「待て」をしている。うちは全員揃ってから食事、この原則は聖獣でも守ってもらうから。まあ、戦闘時は除くけどね。


「今日も食材と聖獣に感謝! ではいただきます」


 長い挨拶をする上司は嫌われる。特に飢えた連中に「待て」をさせた状態だと余計にだ。短いオレの挨拶を彼らも繰り返した。


「「「いただきます」」」


 ぐあっと勢いよく食らい付く。シチューは現在人気ダントツ一位のメニューだった。パンを浸して掻っ込む……流し込まれていく。


「すごい、食べるのが早いのだな」


「リアム、口調」


「あ、うん」


 照れるリアムが、じいや渾身のカトラリーを手に取る。顔が映るスプーンに感激し、ぜひ技術を執事達に伝えて欲しいと願った。


「キヨ様のお望みでしたら」


「うん、教えてあげてよ。執事のセバスとか、優しくていい奴だし」


 当初から異世界人の差別なく優しくしてくれた彼らには、望むなら新しい技術を伝えたいと思う。それに連れてきた女中さん達も、侍女から技術やおもてなし精神を教えて欲しいと嘆願が出ているようだ。この辺は徐々に、かな。一気に伝える必要はないし、今後はオレの世話に女中さんとじいや、リアムの世話は元の執事や侍女が担当となる。


 生まれ持った世界の知識が共有できると、私的な時間が寛げるからね。優雅に食べるリアムの横で、オレは行儀悪くパンを浸して口に放り込む。じいやは何も言わないけど、リアムも真似し始めた。あれ? もしかして悪影響を与えてるかな。

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