312.筋肉で見合い成功

 一目惚れって、目の前で見ると感動するんだな。パウラと引き合わせたジークムンドは、まず硬直した。それからぎこちなく動き出し、彼女が触れた指先を驚いて引っ込める。あのゴツい顔と巨体で、まるで猫に追い詰められた鼠みたいな反応だった。


 打ち解けるまでに時間はかかりそうだが、仲間に口笛や野次で揶揄われながらも満更ではないらしい。真っ赤になったジークムンドは、パウラと次に会う約束をして別れた。そんな初々しい姿を、並んで見つめるオレ達は微笑ましさに口元が緩みっぱなしだった。


 あれはパウラの尻に敷かれるパターンだな。そう思う。絶対に彼女のが強いぞ。腕っぷしは強いが女に弱い。パウラが全力で叩いても、我慢してそうだ。いや、平然としてるかも。


 とにかくパウラは目を輝かせて、筋肉を触りまくった。初対面の婚約者候補に対する態度としてどうだろう? と首を傾げるほど貴族令嬢らしからぬ行動だ。前世が日本人だと知ってるから、まあ笑いながら見てたけど。隣のリアは目を丸くしていたっけ。


「ああいうのは、はしたないと言われるのか?」


「難しいところだが、ぎりぎりか」


 ぎりぎりセーフ? アウト? どっちとも取れるリアの表情から、アウトっぽいと当たりをつける。そうか、御令嬢としてはダメなんだな。


「婚約すれば構わないレベル?」


「そうだな、婚約していたら問題は……人前で控えて欲しいとは思うが」


 問題はあるようだ。貴族令嬢ってのは肩書きやら体面やら守るものがたくさんあって大変だ。貞操も、マナーも、それに評判も大事なんだよな。まあ小説読んで難しそうで、無理と思ったのは懐かしい記憶だ。


「オレや傭兵しかいないから、気を抜いてたんだろう。リアも以前に話して知ってる仲だしね」


 そういうことにしておいてくれ。匂わせた部分を察したリアが、口元を押さえて笑った。可愛い、ハーフアップの黒髪が揺れると触りたくなる。まだ短い髪を気にするリアのために、ヴィヴィアンが付け毛をプレゼントしてくれた。


 黒髪は染めるのが難しかったと、何故かオレに金額の請求したけどな。プレゼントしたのは彼女じゃなく、オレだ。だって、彼女は商売しただけだろ。


 ストレートの黒髪を編み込みの内側に挟んで留めて、ふわふわとカールさせたとか。仕組みはよくわからないが、侍女の腕の良さはわかるし。リアが可愛いのは正義だ。


「似合うな、贈った甲斐があった」


「あ、りがとう。その……すごく嬉しい」


 ずっと男装の麗人をしていたので、どうしても髪は短い。侍女もギリギリのところを狙って、結べる肩の長さはキープしていた。それでも女性のように後ろに伸ばす風習がないので、肩が限界だ。シフェルもその程度だし。


「リアが気に入ってくれて、可愛くなるのに迷う必要ないな」


 他にも髪飾りやドレスを贈りたいのだが、まだ北の国で払った金を返してもらってない。それが入り次第、彼女と一緒に街に出て買い物をするつもりだった。街に降りたことはなく、たった一人の皇族として籠の鳥だったリアに、広い世界を見せてやりたい。


 オレが来てから外出の機会が増えたが、それでも全然足りなかった。街で買い食いしたり、お茶を飲みながら手を繋いで歩いたり、見つけた店にふらりと立ち寄ったり。そんな経験をさせてあげたかった。


「パウラの次のデートも覗きに行こうか」


「こっそりだぞ」


 秘密の約束も取り付けて、オレは幸せ過ぎる状況に恐怖さえ覚えながら、足を踏み出す。青猫の足だか尻尾を踏んだらしいが、瑣末ごとだった。

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