252.男装した陛下の女装(2)

 英語の授業は苦手でした。ニュアンスが間違ってるのはわかるものの、直し方が分からん。


「キヨ、出来たわ」


「……っ! すごく綺麗だ。さすがリアム……その髪、どうしたの?」


 クリスティーンに押し出された無言の美少女は、肩にかかる長い黒髪を揺らしていた。皇帝陛下の格好に合うよう、肩に触れない長さにしていたはずだよね? さっきの記憶を辿っても短い。


「に、あうか?」


 心配そうに尋ねるリアムに大きく頷いた。首がごきって変な音したけど、気にならない。何度も頷いた後、そっと手を伸ばして彼女の左手を握った。


「似合ってるし、可愛い。さすがオレの……っ、く……恋人だ」


 そう呼ぶために、こっそりオレとリアムを結界で囲った。音を遮断する透明のやつ。これなら話が漏れない。口の動きでバレても誤魔化せるよう、透明な結界が歪んでるのさ。読唇術防止だ。これはシフェルに言われて思いついた。


 普段からきめの細かい肌だけど、僅かに白っぽい粉を乗せてあるみたい。白粉みたいな感じかな。頬にチークでピンクが塗られて、目元はキラキラとしたゴールド系で飾られていた。唇は濃い目のピンク、光ると色が変わるみたいだ。睫毛はもともと長いから、あまり強調しなかったのか。


 街を歩いたらナンパされるの確実な美少女だった。服はシンプルなワンピースで、ミントグリーンだ。強い色が似合うから、いつもと印象が違って新鮮に感じた。


「あの」


「大丈夫、今は音を遮断して唇の動きも読めなくしたから」


 向き合うリアムの手を引き、オレより僅かに低い黒髪に鼻先を埋める。化粧品の匂いがする。当たり前なのに、涙が滲んだ。本当ならこんな可愛くて綺麗なのに、隠して男のフリをし続けるのは大変だ。


 オレが勝手に同情なんてしたら失礼だけど、早くこういう恰好で過ごさせてあげたい。


「本当に、似合うか?」


 よほど不安なんだろう。女の子の恰好は部屋の中くらいだし、褒めてくれる侍女しか知らないから。自分が美人だって自覚、ちゃんと守ってもらわないと!


「美少女だよ。オレが知る中で一番だ! 化粧で女性は変わるって聞いたけど、確かにそうだね。雰囲気がいつもと違う。すっぴんでも美人だけど、今は可愛い感じ。街を歩かせるのが怖い……誰かに攫われそう」


 捲し立ててから、最後だけ小声で囁いた。腕の中のリアムが僅かに身じろいで、ほんの少し温度の高い吐息を吹きかける。それがすごく幸せで、同時に切なくて、オレは黒髪に頬擦りするフリで涙を隠した。

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