205.攻め落とした権利? 放棄で!(3)

「他にあげるものない。それとも金でいいの?」


「おれが金で満足すると思うか?」


 勢いよく首を横にふった。全然思わない。金がなければ、奪えばいいとか言いそうなタイプだけど。自分も含めて仲間が生活に困らなければ、それ以上の金を得ようとしない。


「おれが欲しいものをくれるなら、今までの貸しもチャラにしてやるよ」


 続けて鼻先に人参をぶら下げられたら、さすがに警戒する。これを齧ったら代償がでかそうだ。ノアが甲斐甲斐しく横から水筒を差し出した。受け取って考えずに口をつける。冷たいスポドリもどきを二口飲んで返した。


「欲しいもの……それって、物?」


 オレの聞きたいニュアスンを敏感に感じ取ったのは、思ったより少ない。顔色を変えたのはレイルだけ。興味深そうに肩を竦めるジャック、サシャは眉を寄せた。ノアは興味がないのか、荷物からタオルを取り出す。汗をかいたオレの首筋を拭き始めた。本当にオカンだな、ありがたい。


「者だ」


 今までにない短い響きは、ぴりりと緊張感が伝わるほど重かった。情報の代償として、誰かを寄越せと命じる。澄んだ薄氷色の瞳を真っ直ぐに覗いて、互いに無言の時間が続いた。


 先に緊張を緩めたのはオレだ。暗い感情が見当たらないのに深刻な響きは、レイルの中にある感情そのものに触れた気がした。オレが困ったとき助けてくれて、窮地に飛び込み手を差し伸べて家族になり、先の見通しが立たないクソガキに情報を与えた。こんなお人好しが欲しがるなら、くれてやってもいいんじゃないか?


「2つだけいい?」


 無言で頷くレイルににっこり笑う。


「レイルが欲しがる人って、東の国の人で合ってる?」


「ああ」


 即答された。濁されるかと思ったけど、誤魔化しも駆け引きもない。目を逸らさないレイルに近づいて、手を伸ばした。まだ身長差があるから、悔しいけど爪先立ちだ。届いた赤く短い前髪をかき上げて条件を提示した。


「渡す前に確認していいなら、連れてくのを邪魔しない」


 相手の意思確認と誰かの見極め、それだけは譲れない。もし重要人物で後から必要になると困るんだ。そう匂わせた響きに、レイルが強張った表情を無理やり笑みに塗り替えた。


 ああ、かわいそう。上から目線のつもりはないけど、こういうレイルの表情を見ると苦労したのだと感じた。それでも同情を表情に出すほど子供じゃない。オレは浮かべたままの笑みを維持し、レイルの返事を待った。


「邪魔しなければ構わないぜ」


 いつもの軽い口調が、すこしだけ震えた声で台無しだ。それも気づかなかったフリをして、子供の無邪気さでやり過ごした。

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