155.後出しじゃんけんは邪道(3)

「うん? 知ってるの?」


 黒豹は匂いを確かめるように鼻をひくつかせ、分かりやすく顔をしかめた。長い尻尾がぱしんと地面を叩く。


『この者は、あの……』


『ごついおっさんの弟じゃん』


 ブラウが途中からさらったセリフに、全員が驚いて顔を見合わせる。


『ぎゃああ! ごめん、許してぇ……主、たすけ……っ』


 ヒジリの話を途中で遮った罰として、青猫は首を齧られ影に引き摺り込まれた。どう見ても、黒豹に捕獲された獲物だ。ご愁傷様、ほぼ自業自得だろ。


 影から飛び出したスノーが肩に乗り、コウコもするすると足を伝って腕に巻き付いた。


『あんなの怖くて見てられないわ』


 コウコが逃げるような仕置きが施されているらしい。影の中を覗く能力がなくてよかった。興味半分で覗いたらトラウマになりそうだもんな。


「えっと話を戻して、ベルナルドの弟? あれ、オレが知る貴族名鑑に兄弟はいなかったけど」


 第一、年の差がありすぎる。息子で通る年齢差だぞ。髭を蓄えたベルナルドの姿を思い浮かべた。変だなと唸るオレの独り言に、後ろから声がかかる。


「エミリアス辺境伯殿。これは亡き父と娼婦の間に生まれた婚外子で、侯爵家とは無関係ですぞ」


 まさかのラスカートン前侯爵閣下の登場ですよ。ごつい筋肉のおじさんは、けろりと侯爵家の内情を口にした。傭兵連中がいても気にした様子がない。


 ラスカートン侯爵家では、周知の事実なのだろう。だが、周囲のお取り巻き貴族は違ったらしい。青ざめて数歩下がった。


 ラスカートン侯爵家が表に立つからと安心して、生意気な子供に喧嘩を売った。辺境伯で皇族の分家を名乗り、北の王族となった異世界のクソガキをやっつけるつもりで、目つきが悪い男の口先に乗ったのだ。飛び乗った豪華客船が、実は船底に穴の開いた沈没間際の小型船だったときの心境は,いかばかりか。


 救助用の浮き輪を投げてやるほど、オレは親切じゃないぞ。溺れる敵は、頭を踏みつけて水底へ沈めるタイプだ。


「キヨ、何事……ラスカートン前侯爵ベルナルド殿もいらっしゃいましたか」


 シフェルはわざわざ、ベルナルドを肩書き付きで紹介する。前侯爵本人が否定した以上、ラスカートン家の名を使えなくなった男は、青ざめた。だが逃げ出す様子はない。


 何が目的か。あれこれと脳裏に浮かぶ仮定は、後でリアムを交えて答え合わせと洒落込もう。斜め後ろに立つベルナルドを振り返り、にっこり笑った。


「主として命令するよ、あのゴミを片付けて。オレの作る孤児院計画を邪魔したからね」

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