155.後出しじゃんけんは邪道(2)

 どこの893のセリフ? 下っ端が最初に脅して、親分がやんわり嗜める手法だろ? 使い古されてパターン化された手は通用しない。ただ、どちらの家名も使わず「英雄」と呼んだ点は合格だ。


 がくんと下がったオレの下顎だが、慌てて手で支える。一人コントだが、後ろで戸惑うノアをよそに、傭兵連中がくすくす笑い出した。オレの顎が外れそうなのがそんなにおかしいか? おかしいだろうさ、こんなのオレだって笑うわ!


「……あんたが、ラスカートン侯爵? 違うじゃん」


 貴族名鑑に乗っていた顔と一致しない。何より、ラスカートン侯爵の父親はオレに忠誠誓っちゃったんだけど? 知らないの?


 オレの呟きに、男が眉尻を上げて不快だと示す。だが、間違いなく顔が一致しない。中央の国の貴族から覚えるのは基本だし、なにより上位貴族から覚えるから「侯爵」なんてシフェルと並んで、すぐに記憶した。


「まあ、ラスカートン侯爵ならそれでいいや。次の手は何?」


「……聞いていた以上に生意気、いえ口が悪いようだ」


「素直なだけで口は悪くない。どちらかといえば、性格が悪いんだと思うけど」


 自分自身を貶すように切り返し、相手の反応を伺う。確かに貴族の反応だが……ラスカートン前侯爵ベルナルドに似てる気もした。遠い親戚かな? 程度には似ている。記憶をさらうが、すぐに出てこなかった。


 くそっ、これじゃ役に立たない。いざと言うときに使えないなら、もう一度覚え直しだった。


 ぶわっと生温い風が吹いた。首をすくめる冷たい風じゃなく、ねっとり汗を滲ませる熱い風でもない。気持ち悪い感じがした。首筋にかかる髪を手で押さえる。


「キヨ、どうする?」


「うん? どうもしないよ。こちらの自称侯爵家の皆様にはお帰りいただくだけだ。近衛騎士団長がそろそろ来るからね」


 にっこり笑ってカマをかける。偽者だと公言された反応で、相手の正体を暴く気だった。しかし彼は平然としている。侯爵家に所縁の人物で間違いはなさそうだ。しかし貴族名鑑に乗らない貴族なんていたか?


 笑顔を崩さないが、頭の中はフル回転だった。様々な可能性を考えるが、そもそも貴族階級なんてない世界から来たオレに、貴族の裏事情を思いつけるはずがない。


 転生チートは、この世界にない知識や概念を持ち込むから強いんだ。元からある常識に、何も知らないオレが太刀打ちできるわけない。焦るが、こう言う時ほど無言の威力は大きかった。


 帝王学の端っこを齧らせてくれたリアムとシフェルのおかげで、崖っぷちで持ち堪えるオレ――早く来い。強く願うオレの足元から、のそりとヒジリが顔を見せた。


『主殿、この者は……』

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