156.すみません。出来心でした(1)

 単に考えるのが面倒になったのもあるけど、婚外子も含め、新しく勉強し直しになったのも腹立たしい。ほとんど八つ当たりの命令に、ベルナルドは片眉を少しだけ動かした。


「何? やっぱり主人に仰ぐのはやめる?」


「いや。我が主人はあなた様だ」


 中央の国で重鎮であるラスカートン侯爵家の前当主であり、騎士団にいまだ多大な影響をもつ男が一礼して膝をつく。その姿は王に忠誠を誓う騎士そのものだった。貴族らしい上質な絹を平然と地につける。


 身を起こしたベルナルドは、腰に下げた剣を抜いた。正直、焦ったのはこちらだ。「ゴミ」って言った。確かにオレの口から「片付けろ」と言ったけど、いきなり確認もなしで殺しちゃうんですか? これって貴族のデフォなの?!


 焦りがひどいと、動けなくなる。何か言わなくちゃと思いながら、見開いた目で状況を呆然と眺めてしまう。ジャック達傭兵は気にした様子なく、黙って見ていた。彼らに止める気はない。獲物が貴族でも平民でも、主君が命じた任務を果たす男を見守る気満々だった。


 片親とはいえ血が繋がる弟だぞ? 無駄のない動きで振りかざした剣が、呆然と立ち尽くす男の上に振り下ろされる。躊躇いのない動きに、反応したのはオレだった。咄嗟に短剣で刃を受け流す。


 しゃん……軽い金属音がして斜めに傾けた短剣を滑る刃が、足元の地面に突き刺さった。受けたベルナルドの剣が重くて、飛び込んだ勢いで足元が不安定だったこともあり、受け損ねた刃が掠めた髪の一部が切れて散らばる。


 あ、焦ったぁ……オレの首が落ちるかと心配したぞ。ベルナルドの剣技は、シフェル達と同等かもしれん。次がないよう気をつけよう。


 冷や汗だらだらなのに、顔が強張りすぎて口角を持ち上げたまま動かない。


「すげぇ、今のをよく止めたな」


「さすがキヨだぜ」


「おれなら足が竦む」


 褒めてくれる傭兵連中には悪いが、今になって足が竦んで動けない。なんで動いた、さっきのオレ――くそっ!!


 自分を罵りながら、短剣を下ろした。目の前の殺気を退けたことで、オレの注意力は散漫になっていた。


「動くな」


 後ろから突きつけられた銃口に、土地を奪おうとした狼藉者に背を向けた形だったと思い出す。気づかれないよう、半歩だけ前に出た。銃口との間に隙間が出来た瞬間、心の中で「万能結界」と呟く。口にすると痛い奴なので、魔法は無言で使うことにしている。


 それでも心の中で技名っぽいの叫んじゃうのは、魔法に憧れが強いせいだろう。


「我が君、なぜ……?」


 片付けろと言ったくせに前に飛び出し、己の身を危険に晒して敵を守った上、さらに人質になりかけている。状況説明したら阿呆そのものだが、オレの口元はまだ笑みを浮かべたまま。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る