123.舌戦は低レベルなほどダメージ大(3)

 宮殿に入ると、視線が集まる。黒豹に跨った子供は目立つし、一応『ドラゴン殺しの英雄』で『皇帝陛下のお気に入り』だ。しかも外見は整ってるので、注目されない要素がなかった。


 すたすたと歩くヒジリの足取りに迷いはない。皇帝陛下の私室方向へ進んでいた。あれれ? 誰も仕掛けてこないぞ。今日はいると聞いたのに……顔に出さないよう気をつけながら慌てていた。


 ここまで周到に下準備して空振りとか、カッコ悪いんですけど?!


 オレの呼びかけに応えたのか、ある貴族が目の前に立ちはだかった。


「英雄殿、陛下は現在来客中だ。控えてもらおう」


「……ふーん。リアムはいつ来てもいいって言ったけど」


 わざと煽る口調で首をかしげる。皇帝の言葉とお前の嫉妬混じりの嫌味、どっちが優先するのかな? そんな馬鹿にしたオレの態度に、簡単に男は引っ掛かった。


「調子に乗るな。お前などすぐに飽きられる玩具だ。陛下の寵愛を得たわけではない」


 まあ、そりゃそうでしょうよ。まだお互いに清い身の上ですから。保護者枠のシフェルが聞いたら呆れ返りそうな、頭の悪い発言にぷっと吹き出した。


「あれ? おじさん、嫉妬してるの?」


 見た目は綺麗なガキだが、育ちも頭も悪そうだ。そう思っていたのに、意外と切り返す。オレの評価が少し変わったらしい。男は慎重に言葉を選び出した。


「嫉妬? 珍獣相手に嫉妬するほど落ちぶれていない」


 ……あれ、失敗かな?


「異世界人だからと不作法を甘く見てきたが、いつまでも続くと思うなよ」


 あ、大丈夫だった。しっかり嫉妬してくれてる。あのまま帰られたら、わざわざ準備してきた甲斐がないからな。初老一歩手前くらいの男は、それなりに地位があるのだろう。フランス革命頃の衣装着て、胸元に洒落た宝石の飾りがついている。


「オレが不作法? ふーん、変なこと言うね。リアムとの食事会に、あんたが呼ばれたことないだろ」


 親密な食事会に呼ばれない程度の付き合いで、オレにそんな口きくのやめた方がいいんじゃない? 言外に匂わせた嫌味を男は敏感に感じ取った。強く握りしめた拳が震えている。オレがずっと「皇帝陛下」ではなく「リアム」と呼ぶことも煽り効果が高かった。なぜなら、シフェルですら「陛下」と呼ぶのだから。


 この世界で最大の国家である中央の国で、頂点に立つ皇帝を「愛称で呼ぶ唯一の異世界人」に逆らうか、触れずに無視するか、おもねるか――ここが貴族である彼らの分岐点だった。シフェルやウルスラが今回の作戦を容認した理由がよくわかる。


 先代、先々代と数を減らした皇家の血筋に、彼らは敬意を表していない。ただ皇帝という絶対的権力の象徴として見てきた。リアムの個人の意志なんて必要とされず、貴族に都合のいい飾り物扱いだ。宰相や近衛騎士団長がいくら庇っても、貴族は水面下で増長し続けた。

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