32.毒と解毒薬、どっちが苦いか(2)

 低い声は怒りを滲ませていて、心配されて嬉しい反面…ちょっとだけ不安になった。オレが知ってるラノベの王族は公平に振舞うことを求められていた。オレ1人に心を傾けると、内部の貴族に反発を食らうんじゃないか?


 視線を合わせたシフェルが額に手を当てた姿を見て、やはりマズイのかと確信した。


「あのさ、リアム。オレの方で、レイルに調査を頼むから騒がない方向で頼むわ。相手に警戒されたら逃げられちゃう」


「しかし! 余の友人であり異世界人であるセイを狙うなど……それも余との会食の場でだ。これは皇族への挑戦だぞ」


「まあまあ、落ち着いて。殺されかけたのはオレだから、ケンカはオレが買う。友人であってもリアムに譲る気はないぞ」


 くすくす笑いながら、収納から取り出したクッキーを頬張る。ついでにリアムの前にもクッキーを積んだ。この世界では焼き菓子はあるが、クッキーのようなさくさくした歯触りの菓子はない。もっとしっとりした物が主流だった。


 作って振舞ったときから、リアムがこのクッキーを気に入ったのは知っている。少し傾きかけた機嫌が上昇するのを見ながら、リアムにダメ押ししておいた。


「オレの獲物に横から手を出すと、噛まれるぞ」


「……わかった。譲る」


 ご褒美とばかり、摘んだクッキーをリアムの口に押し当てる。ぱくりと開いた口に食べさせて、オレは収納から非常食が入った袋を引っ張り出した。


 収納魔法で保管したものは、腐りにくいが痛まないわけじゃない。数ヶ月の保管は可能らしいが、生ものや水分が多い食べ物は腐ることもあるらしい。そのため、非常食袋は乾燥したものが多い。


 干した果物、乾パン、干し肉、多少の調味料、チーズ……とりあえず、収納魔法で確保していた食料は安全だと判断して食べ始めた。『腹が減っては戦は出来ぬ』というからね。ちなみに後日、ヒジリ相手にこのことわざを披露したところ通じなかったので、こちらの世界には該当する諺がないと判明した。


「レイルさんへの連絡は早いほうがいいでしょう。私が手配します」


「お願い」


 チーズを放り込んだ口が空になるのを待って、頼んでおく。ふと静かなリアムが気になって目を向けると、きらきらした目で乾パンを拾い上げていた。


 ちょっ! 食べやすいクッキーを用意したでしょ。なんで食べにくい乾パンに手を伸ばしてるのさ!! 慌てて取り上げる。


「何をするのだ、セイ」


「いや、これ硬いから。クッキー食べなよ」


「嫌だ」


 なぜか乾パンが入った袋をリアムと取り合うはめになる。こういう場面で止めに入るはずのシフェルが連絡で席を外したため、誰も止めない争いは激化した。そして布の袋が裂けて乾パンがテーブルの上に散らばる。


「あ~あ」

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