283.断罪は休憩を挟んで(2)

 休憩用の客間は、元は他国の王侯貴族や使者が来た時の控え室を兼ねているらしい。落ち着いた雰囲気ながら、壁に意味不明のタペストリーが飾られていた。うねうねしてる赤い紐がコウコ、かな? うーんと唸りながら鑑賞していると、後ろから肩を叩かれた。


「キヨ、大丈夫なのか? レイルが突然変なことを言い出すし」


 胃が痛い。そう訴えるシンの青ざめた表情に、オレは笑顔で返した。


「問題ない。さっき物的証拠も見つけたし、確証があるんだろ。それと……証拠がなくても断罪するからな。あの無礼はいい加減おかしい」


「他国のこととはいえ、王家への敬意が全く感じられませんでしたね。見ていて不愉快です」


 シフェルはむっとした口調でぼやき、妻のクリスティーンが宥める。あ、そうだ。今のうちにクリスティーンには着替えてもらわないと! その話をしたら、国王陛下である義父が隣室を貸してくれた。収納に着替えがあると言ってたけど、シフェルの奴……いつもクリスティーンの服を持ち歩いてるのか? 下着も? けしからん、オレもリアムのを持ち歩くことにしよう。


「我が君、あのような輩は処分致しましょう」


「ベルナルドは落ち着いて。オレの娯楽のために我慢してよ。徹底的に尊厳を奪ってやるから」


 不満そうにしながらも、それならお任せしますと引くところが臣下っぽい。こういう部分がまったくない北の国の現状は、何が原因だったのか。尋ねるオレに、義父は口籠った。他国の人間もいるからか?


「オレはまだパパに信用されてない」


 そう呟いて目元をハンカチで押さえたら、イチコロだった。ちょろすぎるぞ、パパ。


「我が息子キヨヒトを信用しないはずがあるまい! 北の王家は先代である父の代に大きな失政をした。聖獣殿が離れた時期に、大旱魃があり飢饉に見舞われたのだ。その際に王家は蓄えをすべて放出して、民の食糧を買い漁った」


「その話なら存じておりますぞ。見事なお覚悟と感服した反面、我が父が財政を案じておりました」


 ベルナルドが気の毒そうに援護する。他国の侯爵に心配されるほど、金を使ったってことか。民を飢えさせないため、国庫を開いて足りない分を王族の資産で賄った。見事な覚悟だ。


「……私も聞いています。その後……貴族達が増長した原因は、王家が彼らに金を借りたことと」


 リアムも人伝に聞いたと濁しながら、口を開いた。中央の国の諜報は他国に比べ優れている。それは隠している裏の話も筒抜けという意味だ。


「死んだ先代国王が立派なのはよく分かった。で、借りた金は全部返せたの?」


 問題点はここにある。全額返したなら、貴族は王家に対して強く出られない。まだ残額があるから、王家を押さえ込もうと強気で画策した。


「後少しなのだ」


 肩を落とした国王の呟きに、シンがぎゅっと拳を握った。第一王子は王位継承権の頂点に立つ。にもかかわらず、臣下である貴族に侮られてきた。王弟の叛逆がそこに油を注いだ形だろう。身内で争った際に、戦うための兵はどうやって集めた? 王弟自身がそれほどの資産を持っているはずがなく、都合よく担ぎ出した貴族が貸し付けた可能性がある。王位を奪ったら返してくれればいい、と。


 利子や催促のない借金ほど怖いものはない。連帯保証人と一緒で、いつ全額返済を求められるか分からないんだから。王弟はそれを理解していなかった。もしかしたら、兄王は金を隠しているとでも吹き込まれたか。どちらにしても、返す当てのない借金は身を滅ぼす。


「金額、どのくらい?」


 迷う父王を一瞥したシンが金額を指で示した。少し考える。オレが持ってる金をかき集めて同額くらいか。うん、作戦としてはいけるな。


「オレが北の王家を買い取るっての、どう思う?」


 尋ねた先で、じいやがにっこりと笑って肯定した。


「素晴らしいでございます」


「受け取れない」


 きっぱり断るシンにオレは肩をすくめた。心配そうだったリアムの表情が明るくなる。オレの考えが予測できたみたいだ。


「安心してよ、シンに渡すんじゃないから」


「キヨ、独断の前に説明をしなさい」


 着飾った公爵夫人を伴い戻ったシフェルは、どこから話を聞いていたのか。にやりと笑う表情から、止められることはないと思う。オレは手短に作戦会議を始めた。

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