75.バター醤油味は、世界を救う……かも?(2)

 ああ、それで思い出した。


「そうそう、ジークってどこの出身?」


「……キヨ、傭兵に出身地を聞くのは」


 失礼だとか無礼だとか、そんな指摘が続くのだろう。しかしシフェルのそんな注意を、ジークムンド本人があっさり遮った。


「おれか? 西の国の奥地だな」


 けろりと気にした様子なく口にする。だからオレもそのまま話を続けた。ここで言い淀んだり、謝ったりするのはおかしいからな。


「そっか……西の国は黒酢、中央の国は胡椒やハーブね」


 メモ帳にさらさらと日本語で記していく。奇妙な記号のように見えるらしく、シフェルが真剣に眺めたあとで首を横に振った。これなら恥ずかしい日記も日本語で記せば、誰にも読まれずに済みそうだ。


 汗をかいた首筋に、冷たい感触が這う。びくりと身を竦めるが、頬に触れたコウコの舌に緊張を解いた。食べ終えたらしい。彼女が残したバター醤油炒めは、ヒジリが平らげているところだった。そうか、彼女はバターが嫌いと――ついでにメモしておく。


「シフェル、そんで醤油はどこから来たの?」


「うちの部隊に南の国出身の者がいます。彼の故郷で使われる調味料だそうですよ。以前から彼が料理を担当しているので、自然と部隊の者は醤油に馴染んでいますね」


「なるほど」


 東の国じゃなくて南の国か。やっぱり地球にいた時の東西南北感覚は当てにならない。唸りながらメモを追加していると、ジークムンドに肩を叩かれた。


「勉強は後にして、食える時に食え。戦場で生き残るコツだぞ」


「腹が減っては戦が出来ぬ、ってやつか」


「「「「なにそれ」」」」


 ハモられて、やっぱり前世界のことわざが通用しない不便さに溜め息をついた。こういう通じないのが続くと、話す言葉に気を遣う……わけはない。オレにそんな繊細さを求めるな。これからも好き勝手に諺だろうが知識だろうが披露してやるぞ。


 周囲に馴染むより、周囲を馴染ませる手法を選ぶ。


「醤油がどこから来たか知らないのに匂いで判断したのなら、キヨがいた世界は醤油があったんですね」


「ん? 醤油は毎日使ってたぞ。刺身ってわかる?」


「おれは知らねえな」


「どんなものだ?」


 口々に疑問を向けられ、端的な表現でできるだけ誤翻訳がないように伝える。首筋に伝う汗をタオルで拭うと、なぜかコウコが腕に巻き付いてきた。……リアム、蛇が平気だといいなぁ。


「生の魚を捌いて、醤油つけてワサビ乗せて食べるの」


「「「「生で!?」」」」


「キヨって蛮族だったのか……」


 失礼な誤解をされた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る