第4章 やらなきゃやられる!

15.訓練は、三途の川原でした(1)

 翌朝、夜明け前にたたき起こされた。眠い目を擦りながら着替え、連れ出されたのは裏庭に広がる草一つない広場だ。茶色い土がむき出しで、昨日見た庭のような芝生はない。


「シフェル、ねむ…」


「寝ていると死にますよ」


 物騒な言葉の直後、背筋がぞくっとする。咄嗟にとび退ると、足元にナイフが刺さっていた。一気に目が覚める。


「あっぶね……っ!」


「陛下に訓練を任されたのですから、本気で頑張っていただきます」


 年下相手に丁重な言葉遣いだが、明らかに今のナイフは殺しに来てたよな? 避けなかったら重傷コースだった気がする。深々と刺さったナイフの刃がきらりと光り、顔が引きつった。


 寝起きの人間にいきなりナイフが飛んでくるって、どうよ。訓練前に死ぬわ!!


「いやいや、今の殺しに来てたよな?」


「何を馬鹿なことを」


 呆れたと顔を顰めるシフェルは、鮮やかな緑の目を眇めた。


「殺される恐怖がなければ、技術が身につかないでしょう」


 うん……コイツ、頭おかしい。オレが知る軍隊は死なないように技術を覚えるんであって、死にそうな恐怖に震えながら生き残るサバイバル系じゃない。


 普通は生き残る為に技術を覚えるのに、覚える前に死ぬ予感しかしない。


「本当に死んだらどうするんだ!」


「その程度の能力なら邪魔なので、さっさと死んでください」


「なっ……」


 さすがに次の句が継げない。頭が回る奴なんだろう、それで強い。顔もいい、クリスみたいな美人の嫁がいる――絶対に殺す!


 睨み付ける先で、シフェルが飄々と説明を始めた。彼が手招きすると、見慣れた連中が歩いてくる。傭兵だからなのか、ジャック達は制服を身に着けていなかった。各々好き勝手な格好をしている。


「銃をジャックとノア、爆弾の扱いをヴィリ、格闘戦はクリス、狙撃はライアン、剣術がサシャ、私は戦術講義を担当します。あと情報戦やナイフをレイルに頼みましょうか」


 相手の肩書きに関係なく”さん”付けのシフェルだが、職務中は敬称略らしい。ほぼ知り合いばかりだが、途中で知らない名前が出てきた。小首を傾げる。


「ヴィリって、誰?」


「僕ですよ」


 ジャックの後ろから顔を覗かせたのは、驚くほど黒い少年だった。真っ黒の肌、黒い目、黒髪、アフリカ系が近いが、分厚い唇に愛嬌がある。美形かどうか判断できないが、大きな目はチャームポイントかも。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る