19.闘争より逃走(9)

 暗い虚の中にいたので、穴の外はひどく明るかった。眩しくてよく見えないが、聞こえる声はすべて顔見知りだ。レイル、ライアン、ノア、ジャック、サシャ……幻聴か。


「お迎えが来た……」


 ついに幻聴が聞こえ始めた。もしかしたら幻覚も始まってるかもしれない。悲壮感を込めた『お迎え』の覚悟を込めた呟きだが、自動翻訳は違う意味で彼らに伝えていた。


「そうだぞ、迎えに来たんだ」


「こんな遠くに飛ばされるなんて、運がないよな」


 笑いながら伸ばされた腕に抱きかかえられるようにして、虚の外へ出る。狭い穴の中で折りたたんでいた手足は痺れ、ぎこちない動きしか出来なかった。


「……ほん、もの?」


 掴まれた腕の感触、ぎこちない手足の強張り、腹部や足首の痛みに至るまで……すべてが現実らしい。穴の外には15人ほどがいた。レイルを含め、顔見知りの傭兵が6人。シフェルはいないが、残るメンバーは近衛騎士団の制服を着ていた。


「本物よ」


 クリスが笑いながら水の入ったコップを差し出す。金髪美女から受け取った金属製のコップの取っ手を掴み、中の水を勢いよく飲み干した。


「はぁ…っ、げほ、けほ」


 半分ほど零してしまったが、喉のひりつく痛みが楽になる。ぐらぐらする視線の先で、サシャが右手を額に当てて眉を顰めた。


「熱が高い、傷のせいならいいが」


「感染症か? だったら、これを」


 ジャックが小さな白い錠剤を摘んで、オレの唇に押し当てる。困惑して見上げると、「あーんしろ」と言葉で促された。こんな場面だけど言わせてくれ『クリスにあーんして欲しかった』と。


 大人しく錠剤を口に入れると、空のコップにまた水が満たされる。誰かが魔法を使ったのだろう。そこで気付いた。喉が渇いたなら、水を魔法で作り出せばよかったのだ。


 魔法がない世界から来たので、いざという時に魔法の存在を忘れてしまう。


「とりあえず戻るぞ」


「魔法陣の準備を」


 ばたばた騒ぐ彼らが大きな布を地面に敷く。そこに描かれた魔法陣の文様は見たことがあった。転移用の魔法陣の大きさから考えると、複数の人間を転移させられるだろう。複数人の魔力がないと作動しないかも知れない。


 ジャックが縦抱っこで背中を叩きながら魔法陣へ向かう。血と泥で汚れているのだが、気にした様子はなかった。こういうとこが彼の格好いいとこだと思う。表現するなら大人の余裕ってやつだ。見た目だけ24歳になっていたが、前世界のオレじゃこうはいかない。


 助かったこと、助けが来た事実だけは理解できた。国家予算がつく珍獣だから捜してくれると思いたかったが、諦めて見捨てられる可能性も脳裏を過ぎっていたため、安心して肩から力が抜ける。


 これで夢オチだったら立ち直れない――断じてフラグなんかじゃないぞ! 

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