133.策略塗れの黒い弟ですまん(3)
思わず見惚れた自分が悔しい。繋いだ手にぎゅっと力を込められる。オレに合わせたシンは抹茶に似た渋い色の服だった。赤やオレンジと金糸で龍が刺繍されている。身体に巻きつく形で、肩から胸に頭が描かれていた。中華風の龍は、聖獣コウコがモデルだろう。
そういや、北の国の聖獣だったな。ヒジリが西? あれ、ブラウも西にいたぞ。北との国境にいたスノーに関しては、元は東に住んでいたらしい。あのドラゴンに喰われた際、勝手に奴が他の聖獣の気配に惹かれて移動した結果だ。
「ヒジリ、ちょっといいか?」
『構わぬぞ、主殿』
のそりと影から出てきた黒豹に、案内役の侍従が悲鳴を上げた。
「聖獣だから気にしないで」
笑顔でヒジリを抱き寄せて撫でると、手が離れたシンが残念そうな顔をした。侍従はなんとか頷くと後ろを見ないよう歩き出す。慣れたヒジリの背に乗った。出会った頃に喰われると思って逃げまわったのが嘘みたいだ。今は安心できる。首の辺りをわしゃわしゃ撫でて声をかけた。
「コウコは北、スノーが東だよな。ブラウとヒジリはどっちが西?」
『西は青猫だ。我は本来は中央よ』
「うん? なんで西にいたのさ」
西の自治領で逃げ回った時に、追いかけまわされたんだぞ。自治領は元々中央の国だったとか、そんなオチか? ユハが西の聖獣だと思ってたってことは、西に長くいたんだよな?
『主殿は知らぬ方がよい』
「……じゃあ聞かない」
この国であった出来事が、ヒジリの琴線に触れたのだろう。本人が話したくないなら、無理やり聞いても仕方ない。命じれば教えてくれるけど、オレはそんな傲慢な権利の行使はしたくなかった。信頼がもっと深まれば、またはヒジリの気持ちの整理がつけば話してくれるさ。
「それでいいのか? おまえ、やっぱり変わってるな」
レイルが面白そうに呟く声に、疑問と一緒に何かが混じっていた。オレが知らない感情なのか、何かはわからないけど。答えは決まっていた。
「オレが頼りない主人だからしょうがない。ヒジリがまだ心に何かしこりを持つなら、それが溶けるまで聞く必要はない。そういうのが信頼関係じゃね? 今のオレに必要ない話なんだよ。もし必要なのにヒジリが言わないなら、それは主人失格の証として受け止めるよ」
「大人すぎて可哀想になる」
泣きそうな顔で、白金の髪を撫でたシンが漏らした声は、本当に泣いているのかと思った。見上げても眉尻を下げて泣き笑いの顔で、でも泣いていない。
「こちらです」
震える声で侍従に示された控え室に入る。廊下で随分と物騒な話をしていたが、あの侍従が漏らしたりしないだろうな。じっと見つめるオレの視線に気づいて振り返った侍従は、ヒジリの金瞳に睨まれて悲鳴をあげた。
「口止め、必要かな」
『我がやろうぞ』
「わ、私は何も聞いておりません! 本当です!」
転びそうになりながら礼をして逃げ出す後ろ姿へ止めを差した。
「聖獣は影の中ならどこでも移動できるから……足元に、気をつけてね」
ひいいい! 転がるような後ろ姿を見送り、控え室のドアを閉めた。顔を見合わせて、3人と1匹で忍び笑う。性格の悪い弟でごめんな、お兄ちゃん。
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