266.根回しと策略に溺れる(1)

 マロンに頼んだのは、人の視線を仕分ける作業だ。以前に人型のマロンを連れ歩いた時に、じろじろ見る奴の黒い感情を見分けていたらしい。その辺は過去話のあれこれで曖昧になってたが、マロンが唯一人型を取れる聖獣だってことと関係あるんだろう。


 名付けて、悪意検知馬。ネーミングセンスの酷さは言うな。自分でも「これはないわ」と思ってるからな。オレの小型版のマロンは、いわゆる美少年に分類される。そんな子供がオレの周りをうろちょろしてたら。


 貴族の格好のターゲットです、はい。オレに対する人質にも使えるし、他の聖獣への牽制にも使える……と思うだろう。残念だが、どこまで行っても聖獣は聖獣だ。人離れした特殊能力を持つ、最強生物なんだけどね。国が情報を秘匿してるから、そんな話知らないよな。


 マロンを囮にしたわけだが、自分へのねちっこい視線や嫌な感情を込めた眼差しを「黒い」の一言で分類したマロンの横で、青猫がくねくねしながら苦言を呈していた。


『そこは、濃いピンクや紫もあったと思う。もっと細かく分類しないとぉ、主が困っちゃうぞ』


 言ってることは正しいのに、どうしてだろう。踏みたくなるのは――。ぐっと足に力を込める。


『主、踏んでる踏んでるっ!!』


「ああ、悪い。なんだかイラッとして」


 控室で始まった漫才に、ヒジリが割り込んだ。


『エロの隣の土色のは良くない』


『ウルスラの近くにいた青尻尾ついた奴のが問題よ』


『僕は、睨みつけてきた金髪が気になりました』


 それぞれに危険人物判定した貴族を申告してくる。悪意や気配に敏感なのは、獣の習性だったりして。丁寧にメモをとって纏めるじいやに任せ、オレは大急ぎで乱れた髪を直した。


「この後、すぐにリアムと会ってくる。話し合いが終わったら、明日の裁判の準備だから。あ、レイルには情報収集任せる。聖獣が名指しした連中の詳細、よろしく」


「え、くそっ……ツケを払ってから言え」


 文句を言いながらも、じいやのメモから名前を書き取る。こういうとこ、本当に面倒見いいお兄ちゃんだよ。ジャック達がいない今、余ってる手は全部使い倒すぞ。


「シン兄様」


「なんだ?」


 所在なさげにオレの髪紐を弄っていたシンが、喜色満面で応じる。これでも北の国の王太子だよね。東と南が壊滅状態で、西が事実上の属国と考えると……唯一の同盟国の次期国王がこれでいいのか。いや、オレにとって便利ならいい!


「お願いがあるんだけど、シン兄様しか頼れなくて」


 感涙しながら頷くシンに、ひとつ用事を言いつけた。任せろと胸を叩いて大喜びだけど、重要な役なんで本当に頼むよ?

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