174.知らない天井と収納物(2)

 ふと顔に影がかかり、目を開いた。青猫が上から覗き込んでいる。


『こんなとき、どんな顔をすればいいか。わからないの』


「笑えばいいと思うよ。こんな風に」


 懐かしいネタに応えつつ、ブラウの両頬をビニョ〜ンと勢いよく引っ張った。オレの様子を窺っていながら酒を飲んでいた数人の傭兵が咽せる。咳き込んで苦しそうにしながらも腹を抱えて笑った。


「よかったな、ウケたぞ」


『主、僕はこれでも聖獣なんだよ』


「知ってるよ」


 湯たんぽに猫を抱いて、ゴロンと横を向いた。怠くて、少し頭が痛い。ジャックの大きな手が触れた額の辺りが気持ちよかった。手当ては手を当てる治療からきた言葉だと聞いたことあるけど、本当みたいだ。


 そういや、結界張ったっけ?


「ヒジリ、結界」


『さきほど主殿が張ったであろう』


 覚えてないけど、酔っぱらう前に張ったらしい。それなら歯磨きがわりに浄化して寝ても問題なさそうだ。


 浄化してそのまま眠ろうとしたオレの意識が、何か忘れてるぞと点滅信号を出した。何か食べ損ねた気がする。


「ジャック、オレ……何か食べ忘れてないか?」


「大丈夫、みんなで食べて片付けたぞ」


「そっか」


 ん? ああああ! デザートの果物食べてない!! 慌てて身を起こそうとしたオレに、にっこり笑ったジャックが首を横にふった。


「安心しろ、洗い物は終わらせた」


「そうじゃなくて! オレ、果物食べてないじゃん」


 そっと目を逸らされた。視線を巡らせたテントの中の全員が、オレの目を正面から見ない。なるほど、全員食べたのか。見た目はイモ虫の高級フルーツ『キベリ』を――。


「ひどい……」


「今度見かけたら買ってやるから」


 慰めるオトンのジャックに、がしっとしがみついて尋ねる。


「今度っていつ? 明日?」


「子供みたいな駄々を捏ねるんじゃない。ほら、寝ろ」


 ノアに無理やり寝かされた。オトンとオカンの連携がすごいな。


「ところで、不吉な名前の酒は誰のだったの?」


 オレの手の届くところに酒をおいた奴の名を、聞いておこうか。別にやり返したりしないけど、おかずの肉を少なく盛る程度で我慢してやろう。そう尋ねたオレに帰ってきた答えは、意外なものだった。


「あの酒は――キヨの収納から出てきた」


「調味料と一緒に取り出して、放置したんで俺らが飲んだんだ」


「はへ? 知らないけど」


 ……意味がわからない。あんなもの収納したか? これはきっとまだ酔いが残っていて、だから奇妙な話が聞こえたんだ。そうだ、明日になれば解決するさ。

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