125.敵は熱いうちに打て!(3)
あのおっさんだ。間違いない。ふっくらと出っ張った見事な太鼓腹、毛が散らかった隙間だらけのバーコード頭、悪役セリフが似合う残念顔! 思わず顔がにやける。しゃがんだままなので、こちらに気づいていない様子だった。
身を起こすと、目立つようにヒジリの背に飛び乗る。幸いにして濃紺の服にヒジリの黒い毛がついても目立たないので、遠慮はなかった。白っぽい服だったら考えるけど……あれ? そこまで先読みして用意された服かも。
「貴様、このような晴れの場に何故いる!」
おっさんの声に、今気づいたフリで振り返る。小首をかしげて身を乗りだし、しげしげと顔を見た後もう一度反対へ首をかしげた。
「……えっと、どちら様?」
「私を誰だと思っているのだ! 先日会ったのに忘れたとは……」
「だって、一度も名乗ってないよね」
くすくすと笑ったお嬢さんが慌てて口元を扇で隠した。事実を指摘しただけなので、不敬にはならない。心底不思議そうな顔で向こうの出方を窺った。
数人がおっさんの味方をするように後ろについた。途端にドヤ顔で強気になる、分かりやすい悪役だ。あれだな、喧嘩するにも仲間がいないと弱気になる奴。バカになんてしてないぞ。オレだって前の世界じゃ引きこもりだったんだし。
「クラッセン侯爵家当主オットー様をご存じないとは……どこの田舎者でしょうか」
側近らしき細身の狐男が嫌味を言うが、オレはにこにこと笑顔を振りまいた。周囲の女性が「きゃー、可愛い」と味方に付いてくれる。これは楽しいショーになりそうだ。
「これはこれは……侯爵閣下。何の御用で?」
前回と違い、はすっぱな口調は避ける。シフェルやリアムの品位を疑われると困るからな。それと周囲のお嬢様やおば様を味方につけるには、礼儀正しいお坊ちゃまを演じる必要があった。
「貴族でもない子供がこの場にいる理由を述べろ」
「……皇帝陛下のご招待ですし、オレはドラゴン殺しの英雄ですから辺境伯の爵位を賜りましたし」
そんなことも知らないのかと言い返す。知らない間にもらってた爵位だけど、辺境伯は通常国境付近に領地を持つ侯爵位と同等の地位だ。オレがドラゴンを討ち果たした北の国との国境の街、あれが領土扱いになっていた。
自国の貴族や他国へのけん制に使えるので、ドラゴン殺しの英雄の肩書をリアムに貸した形だった。実際に駐屯する必要はないし、領地の管理は直轄領として扱われる。名ばかりの領主だが、一応これでもこの国の貴族だった。
「ぽっと出の辺境伯ごときが、由緒正しき侯爵家に逆らうか!」
残念だが、後ろの狐男の隣に立つ犬っぽい男の発言だった。おっさん、今回は出来るだけ口を噤む作戦か? おっさんが挑発に乗ってくれないとやりづらいな。
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