125.敵は熱いうちに打て!(2)
巻き込んだ自覚があるので、申し訳なくて頭を撫でてやった。とんとんと合図を送ってやれば、ヒジリがオレの腕を咥えて歩き出す。引っ張られる形で移動しながら、女性達のドレス包囲網から逃げることに成功した。
「ごめん、何か用があるみたい」
そう言われたら、聖獣を放り出してここにいろと命じられる者はいない。この世界で最上位は聖獣だった。その主人であるオレがさらに上に立つことになるが、今まで聖獣の主人の記録がほとんど残っていないため、オレの立ち位置は保留された形だった。事実はあれど、承認がない状態。
聖獣が望んだことを邪魔する権利は、人間側の誰にもなかった。うちのペット達がチート過ぎる件は、とりあえず保留して手を咥えられてついていく。壁際まで移動すると、ヒジリは背に乗るよう促してきた。
「ありがと、ヒジリ。助かった」
『主殿も何やら花の香りがするぞ』
香水ではないが、髪を撫でつけた侍女さんが何か油を使っていた。それが花の香油だったのだろう。すっとした香りなので、ヒジリも顔をしかめることはない。いつもと違う恰好は肩が凝る。以前の七五三ルックではなく、今回は子供用だが王子様っぽいスタイルだ。
髪色に映えるからと言う理由で、ジャケットもズボンも深い紺色だった。金の刺繍が腕に3本分ぐるっと円状態で入ってる。さらに同じ刺繍で胸元に何本も横線が並んで、じゃらじゃらとチェーンが垂れている。胸元の刺繍の左右を繋ぐ感じの鎖だ。こういうの、何スタイルって言うんだろう?
1700年代の中世ヨーロッパの衣装っぽいかな。胸元に数センチ幅でライン上の飾りがついた服は、軍服ともちょっと違う。オペラの舞台でもないと見ないような、派手で豪華な衣装だった。
髪は前髪を斜めに緩く流してから、後ろで結い上げられている。簪も金細工で、大粒の青い宝石から金鎖が数本垂れていた。先端に紫の宝石が飾られ、白金の髪に映える。
裕福な貴族のお坊ちゃんスタイルで会場を歩けば、顔の良さや陛下のお気に入りの触れ込みで、目立つこと請け合いだった。黙って微笑んでいれば人形みたいで素敵ですよ――腹黒のブロンズ髪の騎士団長お墨付きの仕上がりだ。
遠回しに「口を開くな、正体がバレる」とディスられた気もする。
『主殿、それが食べたい』
うちの聖獣は揃いも揃って、生肉より加工した食事が好きだ。生肉も食べるが、人と一緒にいるなら火を通した食事が食べたいらしい。確かに今までの人生(?)で彼らは生肉を食してたなら、たまには違う味の料理も欲しいだろう。
ヒジリが示した薄切り肉を皿に取って、たっぷりと苔桃の赤いソースをかけた。目の前に置いてやる。ぺろりと皿ごと舐めたヒジリの顎を撫で、口の端に残った血のように赤いソースを上品に拭いた。机を覆う大きなテーブルクロスの端で……。
いや、一応スカーフみたいなのは胸ポケットに飾ってるけど、皇帝陛下の前に出る前に使っていいものか。コーディネートした人が泣くじゃん? 心の中で言い訳して身を起こしたオレは、目当てのお貴族様を見つけた。
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