184.二つ名が役立つなんて(3)

『主ぃ、獲物捕まえたぁ』


 ぬぼぉっと足元から青猫が現れる。驚いて肩を揺らしたオレが数歩下がると、マロンにぶつかった。いつの間に後ろに馬が立ってたのか、全然気づかなかったぞ。


「悪い」


『いえ、青猫は何を持ち帰ったのやら』


 呆れまじりのマロンの呟きに視線を戻すと、ブラウは何かを引っ張り出した。靴、いや足もついて……足だけじゃなくて体が全部ついてる。


「ブラウ?」


『ちゃんと主の申し付け通りだよ。通信方法が知りたかったんでしょ。これが答えだもん』


 褒めてくれと言わんばかりの口調で胸を張る青猫は、くるんと一回転して腹を見せた。反射的にしゃがんで撫でてしまうのは、実家の猫のせいだと思う。なんて言うのかな、条件反射ってやつだ。


『主殿、なにやら魔法陣を持っておるぞ』


 ヒジリが臭いを嗅いだ獲物……失礼、ブラウが捕まえた誰かの手に紙が握られていた。これが青猫のいう成果なのだろう。


「死体に触るの、やだ」


 不衛生とかじゃなくて、固い指を解いて紙を引っ張り出すのが嫌だった。考えてゾッとすると身を震わすオレに、ジャックが苦笑いした。


「死神が死体嫌いだなんて、笑い話じゃねえか」


 むっとして言い返そうとしたが、口を噤む。慣れた様子でナイフを使い、指を切り落として紙を回収してくれたからだ。幾ら死体でもオレには出来ないな。切り落とすのも「悪いな」って思うし、冷たい手に触るのも絶対に嫌だった。


「ああ、ありがとう。助かった」


 受け取って開いた紙は、ぐしゃぐしゃに丸まっていた。ひとまず広げてから覗き込む。滲んでる場所もあるけど、確かに魔法陣だ。問題はオレがこれを解読できないことにあった。


 多少勉強はしたが、大まかな仕組みくらいしか知らない。じっくり眺めてから結論を出した



「ヴィヴィアンに回そう」


 宮廷魔術師なら、きっと解読してくれるはず。そう考えたオレの呟きに、リシャールが呟いた。


「まさか……魔女ヴィヴィアン?」


 傭兵でもないのに、ヴィヴィアンも二つ名もちなのか? 首をかしげたオレに、レイルがナイフで果物の皮を剥きながら教えてくれた。


「あのお嬢さん、作った魔法陣を実際に使ってみたくて傭兵に混じって魔獣退治してた記録があったぜ」


「……メッツァラ公爵家、キャラ濃いな」


 転がった青猫の腹を上から下まで揉みながら、オレは肩を竦めた。油断したすきにブラウにがしっと爪で拘束されて蹴りをかまされる。どこまで猫なんだ!? と抗議するより前に、大型猫科猛獣ヒジリに首根っこを掴まれ、影に引き摺り込まれた。


『たぁ〜すけてぇ〜』


 本気なのかギャグなのか。迷って見送る間に、青猫は黒豹に誘拐された。通信方法を探ってきたブラウは偉いが、そういや同じような命令を出したスノーはどうしたのか。見つけられなくて泣いてたら可哀想だ。


「スノー、帰っておいで」


『主様! 私の獲物を青猫が奪ったぁ!!』


 泣きながら飛び出したチビドラゴンを受け止め損ね、しゃがんだ格好で尻餅をつく。それでも泣きじゃくるスノーは興奮して気づかず、仕方なく撫でながら落ち着くのを待った。


『みんな、軟弱なんだから』


 ふんと鼻を鳴らして機嫌の悪いコウコに、機嫌を取るため頬擦りしたら、後ろから馬にリボンを噛まれた。オレは1人しかいないのに、どうしろってんだ。

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