134.秘密の裏には何もなかった(3)

「わかってる。おれだって昔のままじゃないさ」


 苦笑いしたレイルが新たな煙草を咥える。今のやり取りで、やっぱり逃したのはシンで、その時に何か傷つける言葉を吐いたレイルが後悔しているのもわかった。こういう察しの良さは、空気を読むことに長けた日本人特有の能力だろう。コミュ障の引きこもりかけであっても、日本人の端くれだった。


「ねえ、レイル。妹って可愛かった?」


「あん? そうだな、可愛かったぞ。赤毛でおれと同じ薄い水色の目が大きくて……」


「会いたかったな〜、可愛がる自信あるぞ」


 雑談に空気を読まない話題をわざと出す。普通死んだと聞いた子の話を切り出したりしないけど、レイルにとってもう傷口じゃない。さっきのシンに対する受け答えで、オレはそう判断した。無理に話題を避けるのは、逆にレイルの気持ちを遠ざけるんじゃないか。


 本人は痛みもない傷痕を、いつまでも加害者が気に病んだら。オレがレイルの立場なら、傷を見せないよう振る舞う。それが壁を作って距離になる気がした。だから今のうちに傷痕を笑い飛ばした方がいいんだ。一度はレイルに拒絶された恐怖を知ってるから、オレはこの場で空気を読まない。


「……お前の方が年下だから、可愛がられる方だろ」


「ん?」


「死んだのが5歳、おれの3つ下だから……今のお前より10歳は上だ」


 指を折って数えてみる。オレが12歳、10歳上ならレイルの妹は、22歳と想定される。レイルが妹より3つ上で……あれ?


「レイルって25なの?」


「知らなかったのか」


 仲が良さそうだから知ってると思ったとシンが呟く。他の傭兵が生まれた年も「たぶん」と推定するくらい詳細不明なので、孤児だと言われたら年齢は詮索しなかった。レイルに関しても孤児で傭兵上がりのレッテルで、年や生まれた国を尋ねたことがない。それを説明すると、シンは穏やかな表情で笑った。


「そうか。キヨは本当に聡いのだな」


 えらく勘違い気味に、好印象に受け止められた。ついでなので、年齢の話を持ち出しておく。


「シンはいくつ?」


「27だ。弟はいないが、レイルと同じ25歳の妹がいるぞ」


「へえ」


 竜以外の属性は普通に年を取るが、寿命の数え方に違いはある。しかし明らかに長寿なのは、竜属性だけだと学んだ。この世界でオレに竜属性、それも最強種の赤瞳が与えられたってことは――カミサマはそう簡単にオレを休ませてくれる気はない。つまり、この世界は崩壊寸前のぎりぎり状態だって意味か。


 長く生きて世界を救え、そのための力は与えておいた。カミサマの気持ちを代弁すると、多分こんな感じだろう。


「ちなみに、父は45歳だ」


「へ……ええええ?! 17で子供作ったの?!」


「キヨは計算が早いな」


 ぽんぽんと頭を撫でて褒めてくれる兄には悪いが、国王様ってずいぶん手が早い……げふん。早熟なんですね。前の世界で死ぬまで童貞だったオレとしては、羨まし……けほっ。いや、なんでもない。


 げらげら笑いながら煙草を灰皿に押し付けるレイルから、特有の甘い香りがする。この雰囲気がどことなく居心地がよくて、オレはほっとした。秘密なんて互いに消してしまえば裏には何も残らない。隠すから壁が出来てしまう。前の世界で学んだ数少ない教訓が役立ってよかったよ、ホント。

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