94.誰かが我慢は嫌だな(3)

 問題を棚上げしたように見えても、とりあえず独断で決まる話じゃない。お偉いさんを説得するにしろ、オレの予算で払うにしろ、今は決定できなかった。


 ならば目先の問題が優先だ。帰還して褒美を願い出るために必要なこと――朝の食事だった。飯を食わねば動けない。先に獲物を取りに行ったヒジリは、その意味で偉い。 


 見回すと、一部の料理人が包丁片手に作業をしていた。昨夜残った肉と乾燥野菜を用意して、硬い乾パンが山ほど積まれている。お湯はコウコが沸かすとして、昨夜の肉と乾燥野菜でスープは作れた。もしヒジリが肉をGETしてくれれば、それを焼いておかずにできる。


「うーん……これの調理方法が問題か」


 パンが昨夜尽きたので、今朝は乾パンだ。


「保存食をここに積んで」


 机の上に、自ら乾パンと干し肉を並べた。すると収納魔法を持っている数人が寄ってきて、各々に保存食を出し始める。乾燥野菜やハーブもあり、胡椒らしき粒もあった。それらを眺めながら、唸る。


 乾パンをそのまま食べると疲れる。当然だが歯が痛くなる。なんとか柔らかく……前はミルクに浸けたっけ。前世界で備蓄用に食べた乾パンの比じゃない硬さを誇る乾パンを睨みつけ、ノアが並べた食材の中のミルクを手に取った。


「そのまま飲むなよ。そろそろ火を通さないと腹痛はらいた起こす」


「うん」


 少し日付が古い牛乳って意味だとすれば、これをスープに入れてミルク煮込みもいいな。ふと気づいて乾パンを摘まむ。味噌汁の麩は乾燥してたけど、温かい味噌汁に入れたら汁を吸って柔らかくなった。あれと同じように乾パンをミルク煮込みに入れたら!


「よし、ミルク煮込みだ!」


 きょとんとした顔の連中を放置して、ありったけの鍋を並べる。さらに別の奴が収納してた中くらいの鍋も調達した。ミルクを入れたあと水で薄める。


「コウコ!」


『出番かしら、主人』


「この鍋の中身を沸騰させて!」


 ブレス(極小×2)で無事にすべての鍋が沸騰した。そこへ乾燥野菜を手分けして入れ、残っていた肉を足していく。味見の前にもう一度コウコのブレスで、沸騰の温度を維持してもらった。乾パンを投げ入れるオレに、周囲は顔をしかめる。


 たぶん、こうやってふやかして食べたことないんだと思う。諦め半分のノアが手伝ってくれたので、ハーブで香り付けした。昨夜と同じ結界で包んで冷めないように維持する。半円の白いドームは意外と便利だが、結界なので長時間は疲れそうだ。


『主殿、肉だ』


「ありがとう! ヒジリ、さすがオレの聖獣様」


 現金だが、やっぱり肉を確保してくれる黒豹は一番のイケメン聖獣だ! 抱き着いて頬ずりし、目の前に置かれた兎っぽいのと巨大ネズミっぽい獲物を、ノア達に渡した。


「キヨは食べ物になるとこだわるよな~」


 硬いままの乾パンをひとつ齧るライアンの声に、振り返りながら返した。


「美味しいご飯は部隊の基本だぞ」


「そんなキヨだから、皆ついていきたいんだよ。多少の損してもな」


 サシャはオレの頭を撫でながら、くしゃっと顔を笑み崩した。擽ったい気持ちが広がり、胸が詰まる。


「肉をばらしたぞ」


 手際のいいノアの声に「こっちで焼くから貸してくれ」と手を振り回して叫んだ。

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