139.わかりやすい敵対行為の裏は?(3)

 怒鳴らず、激高せず、静かに淡々と口にされた言葉の威力は大きかった。しんと静まり返った夜会の広間で、レイルが毒消しを調合する音だけが響く。


「キヨ、あーん」


「……苦い?」


「チッ、わかったよ」


 舌打ちされたが、子供っぽく無邪気に装うオレの意図に気づいて何やら足した。多分、味はもっとひどくなったと思うけど、見た目は甘いフリして飲まないと作戦通りにならない。覚悟を決めて今度は口を開けて素直に飲んだ。


「甘い!」


 まさか、本当に甘くしたとは……。嫌がらせで苦いと思ったのに、甘かったので肩透かしを食った感じ。神妙な顔を作って「してやったり」と声にせず呟くレイルの性格は、どこまでも歪んでると思う。オレといい勝負だった。


「……毒、と?」


 リアムの掠れた声に、慌てたオレが視線を合わせる。大丈夫だと必死に訴えるが、彼女の顔色は真っ白だった。青を通り越して血の気が失せている。指が震えるほど強く握った玉座の肘掛けが、わずかに音を立てた。


「メッツァラ公爵」


「はっ」


「犯人を必ず捕らえよ。賓客に対し毒を盛る者は、我が国に不要。見つけ次第の処刑を許可する」


 え? 思ったより騒動が大きくなったんですが……オレ、やり過ぎた!? ざわつく貴族の中にも動揺が広がっていく。この場で押さえないと明日には国中知ってる騒ぎになるだろう。さすがにヒジリに乗ったままは失礼にあたるので、声をかけるために飛び降りる。


 がくりと足が膝から崩れて、転がるように地面に手をついた。


「ってぇ……」


 眦に涙が滲む。ついでに太腿のところに血も滲んだ。ごめんね、お兄ちゃん。服汚しちゃった……けど、監禁ルートはなしでお願いします。


「キヨ、お前はケガ人なのだから、無理をしてはいけない」


 言い聞かせる口調で、膝をついて抱き起したシンに礼を言って立ち上がる。さっきの甘い煙草のせいで痛みが鈍かったけど、飛び降りたせいで滅茶苦茶痛い。失敗した。そうだよ、少し切るだけでいいんじゃないかと話した際に、ヒジリに治癒してもらえば良かった。


 さすがに痛いからって、この場で服を捲って素足を出すわけに行かない。順番もやり方もかなり間違った。がくりと項垂れて、自業自得の痛みを受け入れる。


「夜会は中止……」


「ダメです!」


 無礼を承知で、リアムの決断を遮った。こうなったら足が痛いのも最大限利用して、同情を引きまくって、可哀そうな犠牲者を装ってやる。加害者が予想したより酷い状態になったと見せつけ、処刑される前に名乗り出て恩情を願うよう仕向けるしかなかった。


 正直、収集つかないじゃん。多少サバゲーやゲームの知識でチートしたって、現実のやり取りの中じゃ想定外もあるし、敵が思うように動かない場面もある。オレの浅知恵程度、ボロが出て当然だった。ならば、ボロも繕ってみせましょう。


「その決断はお待ちください」


 きちんと言い直したオレは、崩れそうな膝からわざと力を抜いて床に座り込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る