198.マロンの新しい能力(3)

 足を折らず、これ以上殴らずに逃さず確保。たったこれだけだろう。そんなに難しい注文つけてないし、立候補したのはジャック自身だからな。


 さらに日差しが傾いて、見える景色が赤一色に染まった。不吉なくらい赤い夕焼けに、傭兵達が不安げに空を見上げる。


 パンと手を叩いて、オレは彼らの意識をこちらに集める。それから大量の食材を収納から取り出し、傭兵達に放り投げた。慌てて受け取る連中があたふたしてるのを見ながら、さらに重い塊肉も投げる。


「ちょ! ボス」


「食料なんだから、もっと大切に」


「あ、落ちるぞ」


「そっちで受けろ」


 騒がしい連中は、さきほどのフラグめいた不吉な感覚を忘れて走り回る。全部渡し終えると、多すぎたかもしれないと苦笑いした。反応が楽しくて、つい出し過ぎた。


「それじゃ、調理よろしく」


「「「おう」」」


 料理慣れした熊属性やら当番をすることが多い奴が返事を寄越す。ひらひら手を振って歩き出したオレの首筋を、ひょいっと咥えた黒豹が背に乗せた。一回転させられて乗るのも、二度目だと恐怖心は薄い。コウコがヒジリの足を伝ってオレの腰に絡み付いた。


 蛇革のベルト――これは絶対に口に出せない。しかしニヤリとした青猫は何か察しているようだ。ウィンクして通じる異世界知識で頷きあう。前にシフェルに尋ねたら、爬虫類の皮は装飾品として一般に流通しないと言われた。聖獣が2匹も爬虫類だから仕方ないのかも知れない。ドラゴンからたくさん取れそうだけど、倒せる奴も少ないので無理か。


 とてとてと短い足で歩くスノーが駆け足になったところで、ヒジリが彼を咥えた。捕食される獲物に見えるのはオレだけか? スノーは小さな声で礼を言うと、大人しく咥えられている。ブラウが咥えたら、スノーは全力で暴れたかも……そう思って肩を震わせた。


 森を戻る形で進めば、すぐにドラゴンが見えた。マロンが得意げに嘶き、興奮した仕草で前脚を持ち上げる。ナポレオンの肖像画みたい。あれは白馬だったけど。


「マロンにしか出来ないお願いがある」


 お願い、と両手を合わせて頼むポーズをすれば、嬉しそうに長い首を縦に振った。ちょっとツバも飛んでるが、ここは抗議しない。機嫌を損ねられると困るから、後で浄化しよう。


『ご主人様の命令なら、何でも』


「本当? やっぱりマロンは頼りになる。あのね……そのドラゴン達を洗脳して王都襲撃させたいんだけど」


『え、魔王がいる』


 マロンが顎の外れたような口を大きく開いた顔を見せた。こぼれた言葉に後ろを振り返るが、離れた場所にテントが見えるだけだ。もう一度マロンへ視線を戻すと、彼と目が合った。


「え? オレのことじゃないよな?」


 自分を指差して尋ねると、そっと目を逸らされる。言葉以上に明確な返答だった。


 くそ、ついに魔王に昇格かよ! いや、昇格じゃなくて降格……どっちでもいいや。そんなに非道な作戦なのかな。


 この世界に毒されたと思ってたのに、オレの方が毒を撒き散らしているらしい。今更ながらにそんな思いが過った。この場にシフェルかレイルがいれば「今更?」と指摘され、ダメージはさらに深くなりそうだ。

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