103.毒は宮廷のスパイス(2)

「おそらく遅効性の毒ですね」


「リアムが飲んだのは2口くらい」


 先回りして量を伝える。ウルスラが紅茶を運んだ侍女を捕まえるよう手配した。薔薇の向こう側にいた護衛達が騒がしく動き出す。侍女の特徴を聞いた騎士達が走り回る音が聞こえた。


「キヨ、あなたは吐いた方がいいかもしれませんよ?」


 にっこり笑う騎士様の笑みが黒い。しかしヒジリがのっそり起き上がると、オレの膝に手をついた。黒猫サイズから黒豹に戻っている。


「どうした? ヒジ……リっ!?」


 ぐいっと身を起こした黒豹のベロが口に侵入する。話してるときに開いた口内をべろべろ舐めまわし、舌は出て行った。お前、オレのディープキスを何度奪ったら気が済むんだ?! つうか、舐める前に生肉食いやがっただろ!!


「うっ……う゛」


 吐きそうになったオレの肩にチビドラゴンが降り立ち、とんでもない発言をした。


『ヒジリ殿の唾液は解毒作用があるので、吐かないで我慢して飲んでください』


「え゛?」


 驚きすぎて喉がゴクリと鳴った。つまり、口の中に注がれた唾液は喉の奥に流れていく。びっくりしすぎて言われた通り飲んでしまった。


 なにが悲しくて嫁の前で、獣にキスされて唾液を注がれて飲むなんて苦行を……頭を抱えるオレの膝に、白い手が置かれた。慰めるように左手を繋ぎ直すリアムが、にっこり笑って爆弾発言。


「よかったな。ヒジリ殿のような優れた聖獣と契約したおかげだ」


「……ごめん、この場面では怒って欲しかった」


 衝撃的すぎて、口の端から本音が溢れてくる。ヒジリに解毒や治癒能力があるのは知ってるし、毒を消そうとしてくれたのも理解できた。でも別の奴にディープキスされて、唾液まで飲まされた婚約者(仮)への反応としては怒って欲しかったのだ。


「なぜだ?」


 全然わかってない。それは純粋な証拠なのか、彼女が初心だからか。それともオレに興味がない、とか。暗い方向へ進みそうになるオレの耳に、「くくっ」と笑いを噛み殺すシフェルの声が届いた。


「笑うな! マジ、凹んでるんだからな!!」


「それだけ怒鳴れれば平気でしょう」


 まだ笑いを滲ませながらも言い返され、唇を尖らせて抗議する。不思議そうなリアムが皿の上のお菓子に手を伸ばしかけ、シフェルに尋ねた。


「紅茶に毒はわかったが、菓子も危険か?」


「出来ればお止めください」


 確認できるまで食べないで欲しい。ウルスラの要望に、リアムは残念そうに頷いた。迷って収納口に手を突っ込む。まだ菓子が残っていないだろうか。紅茶のクッキーじゃなくても、他になにか……。

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