28.聖獣に噛まれるだけのドMなお仕事(2)

 スレヴィの目を気にしてか、皇帝としての振る舞いで笑うリアムだが、やはり痛そうだ。傷に気を取られていたから、行動は無意識だった。傷口を口元へ運び、溢れる血をぺろりと舐める。そのまま牙の傷がある人差し指の第二関節まで口に含んだ。舌を這わせてから、取り出して傷口を……あれ?


「傷が、消えた?」


「なんだ、治してくれたのか? ヒジリ」


 水を掛けて悪かったなと反省しながら振り返れば、ヒジリは濡れた髭を手で拭ったあとで全身をブルブル震わせた。水しぶきが飛んできて、咄嗟にビニール傘をイメージした結界を張る。


「びっくりした」


『びっくりしたのは我の方ぞ。主殿は治癒が出来るのか』


「「「え?」」」


 ヒジリ以外の3人の疑問の声が被った。何を奇妙なことを言い出したのかとヒジリの頭に手を乗せると、半端ない激痛が走る。


「うぅ……っ」


 呻いて手を見れば、中指があり得ない方角に曲がっていた。これは骨が砕けたか折れたか、なんにしろ重傷だ。痛みに呻いているオレの様子を不思議そうに見たヒジリが、ぱくっとオレの手を咥えた。引き抜こうとするより早く、痛みが消えていく。


「ありがと……」


 べとべとの唾液だらけだが、指はちゃんと元の通り動くようになっていた。引き抜いた手を表裏と両面確認して、異常がないことにほっと息をつく、


『主殿は他人のケガしか治せないのか?』


「いやいや、治癒は出来ないから」


「余の指を治したのはセイであろう」


 リアムもヒジリの意見を肯定する。さらさらと風になびく黒髪から良い香りがした。ごめん、ちょっと現実逃避していたみたいだ。


「えっと、オレがリアムの指を治したの?」


『間違いない』


「そうだ」


「見た限りでは間違いないかと」


 スレヴィまで加わって肯定されたら、さすがに疑う余地はない。自覚がないので分からないが、ヒジリの真似して舐めたのが発動条件だったのかな? 後ろから伸びてきた薔薇の蔓を叩き落として、元通りになった自分の手を見つめる。


 涎塗れの手……もしかして。


「ヒジリの涎に治癒効果?」


『違う』


 一瞬で否定された。アホな子を見るようなヒジリの視線が突き刺さる。スレヴィは立ち上がると「失礼」と一声かけて、オレの手を掴んだ。折れていた中指をじっくり確認する。涎がついちゃってるけど……気にしないところが凄い。


「完治していますな」


 なぜか嬉しそうなスレヴィは、取り出したハンカチで手を拭いながら席に戻った。オレもタオルを引っ張り出して拭いておく。寄ってきて顎を乗せるヒジリの頭を撫でると、まだ湿っていた。タオルでゴシゴシ手荒に拭いていると、リアムがヒジリにクッキーの皿を差し出す。


『主殿、食べてよいか?』


「おう、ちゃんとリアムに礼を言えよ」


 声をかけてからクッキーを食べ始めるヒジリを背まで拭き終わる頃、スレヴィが声を上げた。

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