157.ほら、あの……なんだっけ(1)

「ベルナルド、今……なんて? オレちょっと、まだ耳がおかしいみたい」


 幻聴が聞こえるなんて重症だ。サシャの治癒はよく効くのにおかしいぞ。まいったなぁ。


 くしゃっと前髪を乱して苦笑いしたオレに、ジャックが心配そうに近づいた。肩に手を置いて、サシャに声をかける。


「治癒、失敗か?」


「失礼だぞ。ちゃんと成功している」


 うん、ごめん。聞こえてるよ。音は聞こえてるけど、幻聴もあったみたいで。


 騒動が一段落したと考えた傭兵が半分ほど解散したので、この場に残ったのはジャック、サシャ、ノア、ジークムンドくらいだ。シフェルは責任者として残ったが、兵士は捕まえた貴族を引きずって帰って行った。


 人数が減った場所に、足元からヒジリが飛び出す。黒豹は女豹のポーズで色っぽく伸びをして、オレの足に頬擦りした。無意識に撫でてしまうのはもう……現実逃避しかけてる証拠だ。


「キヨ様、この土地はラスカートン家の所領で間違いありませんぞ」


 今なんて? と聞き返したのはオレ。でも聞きたくなかった幻聴がもう一度聞こえてしまった。元侯爵家の御当主様の情報なので、まず間違いないだろう。


 え? なんで!? さっきのは言いがかりじゃなかったってことか!!


「え、な……本当?」


 詰まった声に首をかしげるものの、ベルナルドは大きく頷いた。不思議そうなオレに説明してくれる彼は、白い髭を弄りながら根拠を並べる。


 彼が隠居したのはごく最近のことで、息子に代替わりとして財産を引き継がせるために資料を纏めたのは2年前だった。細かな目録は家令が作ったが、その際に宮殿近くの土地があったので覚えていたという。家令に確認後、宮殿に届け出たので記録があるはず……そこまで説明されたところで、シフェルが踵を返した。


 資料室のような場所に保管された記録を確かめに行ったのだ。そちらは彼に任せよう。


「なるほどね。土地がラスカートン家の物だったとして……オレがもらった事実は帳消しになるのかな?」


 うーんと唸る。こういう特殊事例は前例が少ないから、オレが丸暗記した資料は役に立たなかった。詳しいとしたら、宰相のウルスラだろう。彼女に尋ねるのが早い。


 素直に人に聞けば恥ずかしいのはその時だけ、知ったかぶりすればもっと恥だからな。そういう諺があったはず……。


 ノアが横からお茶を差し出し、反射的に受け取って飲み干す。慣れた様子でカップは回収され、オレはまた考え込んだ。


「……諺が思い出せない」


 記憶力はいい方なんだが? おかしいと悩むオレは勉強しすぎでパンクしてたんだと思う。方向性が真逆どころか頓珍漢な方向へ向かっていることに気付いていなかった。

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