285.返済したら断罪、これ常識(2)

「それが国の恩人に対する態度か!?」


「偉い人を指さしちゃいけませんって、習わなかったのか? 親の顔が見てみたい。どんな躾をしたんだ」


 教育レベルじゃなくて、躾だぞ? 犬だってそんな失礼はしない。そう嘲ったオレの前で、青猫がひゅっと風を操った。ぽとっと指が落ちる。


「うわぁあああ! 何を!?」


「こら、ブラウ。ダメだろ!!」


 うちのペットがすいませんね。足踏んじゃって、くらいの軽い態度でブラウを叱る。くねくねと尻尾を揺らす青猫に、言葉を付け足した。


「そんなところで指を落としたら、残りの金貨に汚い血がつくじゃないか」


『ごめん、主ぃ。僕ちょっと気が短いんだと思う』


「次からは風で壁まで吹き飛ばしてから、千切るように」


 いいか? すっぱり切れ味よく切ると、また指がくっついちゃうだろ。やるなら千切れ。しっかり指導しておかないと、またやらかすからな。青猫に言い聞かせてる間に、ベルナルドが剣を抜いていた。バーサーカーになるタイプの護衛ですが、何か?


「そ、その剣で、何を……ここは謁見の間ですぞ」


 腰巾着みたいな貴族が喚く。それを聞いてからゆっくり振り返り、ベルナルドに言い聞かせた。


「ベルナルド、だめだろ。さっきブラウを叱ったのを聞いてなかったのか? ここで首を切ったら部屋が汚れる。それにあの金貨は北の国への礼金で、皇帝陛下の私財だからね。殺るなら汚さないよう、一発の突きで仕留めなきゃ」


 剣を抜かなきゃ、ぶわっと血が出ることもないだろ。そう諭すと「さすがです、我が君」と感激したベルナルドの声が返った。シフェルがくすくす笑い出し、クリスティーンは淑女の微笑みを湛えている。


「リア姫、ごめんね。なんだか失礼な犬しかいないみたいだから、全部捨てて新しいペットを飼うことにしようと思う。こんな実家に連れてきたお詫びをさせて欲しいな」


 膝を突いて愛を乞う。そんな雰囲気で彼女の手の甲に口付けた。頬を赤く染めるリアムは、目の前の惨劇は気にしないようだ。そのくらいでないと、皇帝陛下は務まらなかったんだろう。血を見て気を失うお姫様ってのは、よほど過保護に育てられるんだろうな。


「く、くそっ……金ぐらいで偉そうに」


「いや、お前が言うな案件だからな?」


 思わずツッコんでしまった。金を貸したくらいで偉そうにしてたのは、そっちだろ。生まれながらに聖獣との契約を引き継ぐ、国にとって重要な血筋を軽んじた部下のセリフじゃないから。


「まだわからないのか? 金を貸したから偉そうに振る舞ってたけど、もし全部権利も義務も王族が放棄したら……この国は消滅していた。あんたらの大切な土地も金も家も消えるんだ。それを防いでくれた恩人に、詫びる言葉のひとつも浮かばないとはねぇ」


 ああやだやだ、そう付け加えて肩をすくめた。すでにアホラ公爵は気を失ってるが、失血で倒れるほど血は出てないぞ。傷は浅い、安心したまえ。893は指の1本や2本なくても元気だ。


 にっこり笑って一歩踏み出すと、貴族達が入り口の扉へ向けて後ずさる。それをもう一歩追いかけた。じりじりと距離を詰め、金貨を確保すると……足下の影に収納する。


「金貨は後で王家の国庫に収めるとして、ここからは賠償金のお話といこうか」


「ば、賠償、だと!?」


 侯爵だか伯爵だか知らないが、筆頭のアホラ公爵が倒れたので、繰り上がったハゲが口を開く。分かりやすいハゲだ。時代劇の落武者……あれを彷彿とさせる髪型だった。残りの髪に未練があるのはわかるが、長く伸ばすと髪に引っ張られて毛根痛むんじゃね? いっそ短く刈り上げた方が髪も長生きすると思うけど……ハゲも目立たなくなるし、な。


 落武者ルックのおっさんは、ガリガリに痩せていた。それがまた落武者感を加速させる。ただ無駄にじゃらじゃらと貴金属類をぶら下げ、指輪をぎらつかせて絹に身を包んでる辺りは、落武者っぽさから判断して減点対象だった。


「そこの落武者もどきは何で驚いてるのさ。王族と貴族の違いを説明しないとわからない?」


 そこからか。そうか、そんなに馬鹿か。大袈裟に嘆いて、彼らのプライドと自尊心といったメンタルをごりごり削った。

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