183.仕方ないので王都侵攻(2)

「間違ってないな」


 声に出したつもりはなかったが、出てたらしい。苦笑いしたジャックが、ぽんとオレの髪に手を乗せた。後ろで一つに結んだ髪を解いて、手櫛で乱れを直す。この作業は意外と考えがまとまるんだ。


 ベンチを収納から引っ張ると、ジャックが並べてくれた。いちいち出すのが面倒なので、多めに取り出す。収納量に驚いた兵の注目を浴びながら、傭兵達は慣れた様子で寛ぐ。この温度差すごいな。感心しながらオレも座った。


「貸してみろ」


 器用なノアがブラシを取り出して、オレの髪を梳かしてくれる。収納から取り出した青いリボンを渡し、ノアは絡めて上手に結んでくれた。


 戦場だってのに、のんびり構えるオレ達をみた南の兵士から予想外の評価が聞こえた。


「すごい余裕だぞ」


「聖獣従えてるし」


「こりゃ勝てないだろ」


 そういう評価目当てじゃなかったが、これが怪我の功名ってやつか。この諺もこの世界じゃ、ブラウぐらいしか理解してくれない。溜め息をついたオレに、後ろから近づいた男が銃を押し当てた。


「手を上げろ」


「はいはい」


 一見すると指揮官を人質に取られた間抜けな図だが、オレに焦りはない。まず、近づいた敵に傭兵や聖獣が反応しなかったこと。続いて、今の声に聞き覚えがあること。両手を耳の横に上げた。


「どうしたの、レイル」


 振り返りながら名を呼ぶ。渋い顔をして「緊張感のないやつめ」と額を小突かれた。いわゆるデコピンってやつだ。上げた両手は疲れるのでさっさと下ろした。


「従兄弟の気配を見誤るほど、耄碌もうろくしてないよ」


「お前が耄碌してたら、この世界の9割は耄碌してるよ」


 大袈裟なと思いながら、隣に椅子を置いて勝手に座るレイルに水筒を渡した。さきほど大量にスポドリを入れたので、空の水筒6個は満タンだ。受け取って毒味も確認もせずに飲むあたり、レイルも大概だと思う。身内認定すると、レイルは甘いからな。


「それ、毒入りだけど」


「ふーん、金属が変色しない毒?」


 にやりと笑った姿に、スポドリを作った辺りから見られていたと気づく。もっと早く到着して様子を見ていたんだろう。


「ちょっと知恵を貸して」


「聞いてやる」


 答えてやるとは言わない。でも答えてくれるの確実だから、そのまま話し始めた。


「この階級章がついた兵が言うには、お偉い指揮官は貴族で一番後ろにいたんだって。でも軍の転移魔法陣をオレが壊したから、途中で転移が切れちゃったわけ」


 穴が開いた……底の抜けた鍋のような地面を指差す。レイルは言葉通り頷いた。本当に聞いているだけみたいだ。

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