227.東の国を駆け抜けろ(3)

 魔法と違って魔力もいらないし、なるほどと思ったら数代前の黒髪異世界人の知識だった。もしかして頭がちょんまげで、着物着て、刀を差してなかったか? あっ、違う? いやそんな気がしたんだけどな。


 日本の城下町の再現かと思ったが、トルコ全盛期あたりの古い城塞都市の造りらしい。まあどこの権力者も、己を守る方法については知恵を絞った証拠か。似たような思考に行き着くらしい。


 案内がないと惑わされて、屋敷を見落とすだろう。そんな緊迫した場面で、オレは足を止めて小さな子供にパンを渡していた。薄汚れた格好は気にかけてくれる親の存在を否定する。孤児でも虐待でも同じだ。オレが暮らした日本は、こういう子供を直接目にする機会がなかった。


 実際はいたと思う。探せばいくらでもいたんだけど、目に入らないから知らないフリをした。この世界で孤児を見て胸が痛むのは、オレが恵まれて裕福だからだ。過去の痛みや後悔をやり直すチャンスをもらえたから、少しでも返したい。偽善で結構、それで救われる子がいるなら偽善も役に立つ。


「キヨ」


 今は忙しくて、そう告げるレイルの声に頷く。だがパンを与えた子を放置したら、向こうで腹を空かせて覗いてる子に奪われる。その子に与えたら、次は……キリがなかった。街全体は活気づいて見えても、裏まで綺麗な街なんて存在しない。


 拾っても育てられないなら、捨て猫や捨て犬に情けをかけてはダメよ。昔誰かに聞いた言葉が過った。なら、責任が持てれば拾ってもいいんだよな?


「この子を……」


「後にしろ」


「この子に次の機会はあるの?」


 先を促すレイルの声に、オレの心がすっと冷えた。ここで手を離したら、この子はまた捨てられたのと同じだ。それなのに、次のチャンスを掴めるわけないじゃん。


 わかってる、偽善をしてる場合じゃない。国の存続もあるし、今後の国の運営をきちんと管理すれば孤児は減る。遠回りだけど、この子に支援の手を伸ばすことは可能だって……でもさ、それは今じゃない。一番助けを必要としてる時に突き放されて、次の機会に手を伸ばせる子が何人残るんだろうね。


 この世界は孤児を守る意識が薄いから、余計にそう思った。福祉制度を整えるのも重要、でも目の前の飢えた子供にパンを与えるのは、オレにとってもっと重要だった。


「偽善だよ」


 そう言ってレイルを見上げる。睨みつけたレイルは諦めたように空を仰ぎ、再び視線を合わせた。薄氷色の冷たい瞳が細められ、険しい表情がくしゃっと崩れる。


「わかった。もう好きにしろ」

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