281.血筋がどうしたって?(1)

 聖獣が潜む影は、生きた者が入れない。その対象にはオレも含まれるわけで、中に引き摺り込まれた時点で生存は不可能だった。オレも仕組みはまだ理解してないが、ヒジリの説明だと「魔力貯蔵庫」と考えるのが近いらしい。契約した聖獣の魔力は主人に引き継がれ共有するため、その中に聖獣は入れるのだとか。


『処分したぁ』


 のったりと寝そべる青猫の間延びした声は、どこか緊張感を欠く。だが彼の言う処分は、全部殺したのと同意語だった。無礼な貴族を片付け、コウコはまた小型のチビ龍に戻る。蛇サイズでベルナルドの腕に絡み付いた。


『この筋肉、いいわ』


 オレが許すから、もう契約先を変更しろよ。苦笑いして、邪魔者が消えた大広間を見回す。一部震えている貴族が残っているが、彼らは余計な口を開く余裕はなさそうだった。


 オレが直接魔法をぶつけたりすれば、北の王家の無作法扱いされるだろう。責任を取れと言われたかもしれない。だが聖獣の言動は、国の最優先命令と同じだった。国王や皇帝より地位が高い聖獣が、自ら手を下した。逆に名誉なくらいかもな。


「い、いまのは」


 震えながら、なんとか口を開いたのは宰相だった。貴族達の陰で見えなかったが、もしかしてお前も敵か? それとも潜入してただけか。どっちでもいいけど、リアムへの無礼や失礼は見逃さないからな。


「聖獣達の主人であるオレが、唯一膝を突いて愛を乞う女性に対して暴言を吐いた。当然の結果です、そうですね……シン兄様、お父様」


「うむ。その通りだ」


 国王らしい受け答えだが、何か言いたそうだ。パパと呼んでくれ? それはこの場じゃ無理だろ。場所とタイミングを考えろっての。まあ、聞き届けるかは別だけど。


「ごめんね、リア姫。いえ……皇帝陛下」


 リア姫と呼んだどこぞの姫君が、中央の皇帝陛下だと暴露する。生き残った貴族から吹聴してもらうのが目的だ。青ざめた顔色で、リアムの顔とオレを見比べる連中の中に、さらに血の気の引いた奴が数人いた。どうやら皇帝陛下の絵姿を見知っているようだ。


「私的な集まりだ。場を移すか」


 集まった貴族を睥睨し、シンが重々しく口を開く。この場で私的な話が出来ないと言い切った。押しかけ部外者が多すぎる。だが、ここで虎の尾を踏むバカが出た。いや……この世界では黒豹の尾かもしれない。


「そこの小童が王族なら、私は王家の正当な血筋の公爵ですぞ。なぜ私ではないのですか!」


 いい歳したおじさんだ。やや腹が出ており、頭はまだふさふさしてた。まあ、義父も髪は無事なので……王家の血筋にハゲはいないらしい。シンもレイルも良かったな。的外れなことを考えながら、オレの口元が笑みを浮かべた。


 生け贄って――本当に向こうから飛び込んでくるものみたいだ。

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