第870話 妹の為に②

 神の領域へと転送されたレイとアカメは意識を取り戻して周囲を光景を見る。


「……ここは? 異様な場所……」


 立ち上がったアカメは自身の周囲を眺めて不安そうな表情をする。


 ”神の領域”……ここに来るのは何度目だろうか。僕達の周囲360℃は暗い宇宙空間に囲まれており、ここが地上とはまるで違う空間であることが窺える。


「ここが目的の場所。……ミリク様は何処だろうか……?」


 僕は周囲を眺めて女神ミリクを探す。返事を返してくれたミリク様は必ずどこかに居るはずなのだが……。


「……お兄ちゃん、あそこ」


 するとアカメが何かに気付いて一か所を指差す。すると、そこには神々しい光を放つ褐色の女性が浮いていた。相変わらずスリットの入ったチャイナ服のような露出の激しい衣装を身に纏っている。


「……」

「……あの人がミリク?」


 アカメは恐る恐る僕に話しかける。僕は頷いて彼女に答えると、彼女はゆっくりとミリク様の下に近付いた。


「ミリク様、お久しぶりです」


 僕がそう声を掛けると、女性……ミリク様の周囲の光が収まって、宙に浮いていた彼女の身体がゆっくりと着地する。


『……うむ、言葉を交わすのは魔王討伐以来じゃのう? 息災であったか? ちなみに儂は、お主がいつまでも訪ねてくれなかったからちょっと不機嫌じゃったぞ』


「あ、ごめんなさい。あの後、色々忙しくて……」


『冗談じゃよ……いや冗談ではないが……。何にせよ、よく来てくれた。魔王討伐の労いも兼ねてゆっくりしていくと良いぞ』


 ミリク様は笑ってそう言うと、僕に労いの言葉を掛けてくれる。


「ありがとうございます。……ところでイリスティリア様は?」


『あやつは所用で今、地上におるぞ?』


「地上に? 」


『うむ、魔王を倒してもまだ気になることがあるようじゃ。平和になっても後処理に追われておるのじゃろうよ。神とは常に地上に住まう者達の為に世界の均衡を保たねばならんからのぅ』


「はぁ……」


『……まあ、あやつの事はそれでいいとして……』


 ミリク様はコホンと咳払いをして、今度はアカメの方に視線を向ける。視線を向けられたアカメは硬い表情でミリク様を睨みつけていた。


『その者から僅かに魔の者の気配を感じる。もしや魔王の関係者か……? レイよ、何ゆえこのような存在をここに連れてきたのだ?』


「彼女は僕の妹です」


『……妹、じゃと? ……ふぅむ、詳しく話してみるが良い』


 説明省略。


『ほぅ……お主の母を助ける為に、その娘の命をこの世界に移したと……。ベルフラウの奴、緊急時だとしても随分と無茶な事をやらかしたのぅ』


「……それで、相談なんですが……」


 僕がそう話を持ち帰ると、ミリク様は渋い表情をしてこちらを眺める。


『……もしや、その娘を元の世界に返してほしいという要望か?』


「あ、いえ……多分、それは出来ないんですよね?」


『出来ないというと語弊があるの。事実、ベルフラウはそれが可能であるからアカメをこちらの世界に送り込む事ができたのじゃ』


「……」


『しかし、本来それは最高神の許可を得て行う。だが、まず申請は通らない。普通の人間が生身の状態で次元転移を行うと、次元の狭間に押しつぶされて存在自体が消失してしまう。

 例外として、神の力を借りて転生する場合。あるいはまだ肉体を得ていない状態であれば、魂だけ転移させることですり抜けられる。

 ベルフラウはそれを利用してアカメをこの世界に転移させたのじゃな……。しかし、無許可で次元転移を行うとは……あやつ、もし主神にバレたら重罪じゃぞ……』


「ええっとつまり、今の僕達は駄目ということなんですよね?」


『まぁそうなる。もし、元の世界に帰りたいという話であれば、済まぬが力にはなれぬ……』


「……」


 その言葉を聞いてアカメは、顔を伏せて黙ってしまう。

 僕は彼女の肩に優しく手を置いた。


「いえ、多分無理だろうなっては薄々分かっていました。今回のお願いはそれじゃないんです」


『む……それはどういうことじゃ?』


「アカメを普通の人間に戻してあげてほしいんです」

「!!」


 アカメが目を見開いて僕の方を見る。僕はアカメの頭に手をやってミリク様に言う。


「彼女……この世界に転移してから、魔王軍に浚われて、魔物の姿に変えられてしまったんです。

 折角平和な世の中になったのに、今の彼女の姿だと普通の人間として生活していくのが大変です。だから、女神様の力でアカメを普通の人間に戻してあげられないかなって……」


『むぅ……なるほどのう……コスプレでは無かったのか……』


 ミリク様は腕を組んで少し考える素振りを見せる。この人、アカメのこの姿をコスプレだと思ってたのか……。


『アカメよ、其方はどう考える?』


「……それが可能なら、私は普通の人として過ごしたい……」


『……ふむ。……もしその願いが善良な人間であれば、儂も力を貸すことはやぶさかではなかった。しかし、其方の事情はそう簡単に聞けるものではない……。お主、その力で人間を傷付けた事はないか?』


「……それは」


『嘘を付くでないぞ。神は下手な誤魔化しなど通用せぬ』


 ミリク様にそう問われて、アカメは黙り込んでしまう。


「……」


『無いのか? それともあるから黙っているのか?』


「……それは……」


 アカメは言葉に詰まって、チラリと僕を見る。おそらく、助けを求めているのとは違うのだろう。


「アカメ。僕も、ミリク様の言う通り、ちゃんと君の事を知りたい」


「……私は……」


 アカメは、絞り出すように答えた。


「……命令で、何度か人間の村を焼き払った事がある……」


『……ではその願いは叶えられぬな』


 ミリク様は失望したように目を瞑り、アカメの方に自身の手を向ける。


『レイの妹という事で命までは取らん。だが、お主のように罪を重ねた咎人はこの場に似つかわしくない。今すぐ去るが良い』


「待って、ミリク様!」


 僕はアカメの前に立って彼女を庇う。


「アカメは幼少の頃に、魔王軍に連れてこられてずっと脅されていたんです! 彼女自身に人を傷付ける意思なんてなかった!!」


『退け、レイ。儂は女神じゃ。その程度の事、全て見通しておる。しかし例外を認めてしまえば、他の者達に示しが付かん。故に、お主の妹だからと言って例外は認められぬ』


「……なら、ミリク様!! 僕の願いを叶えてください!!」


 僕がそう叫ぶと、ミリク様は手を止めてこちらを見る。


「僕達は魔王を討伐しました。世界を救った勇者は、神様に力を返上する代わりに、一つ願いを聞いてもらえるんですよね?

 その願いで、僕は『アカメの罪を帳消しにして、彼女の肉体を人に戻してほしい』……駄目ですか?」


『……出来ぬ』


「……神様が、約束を破るんですか?」


『……っ』


「例外を認めてしまえば示しがつかないとミリク様は言いました。でも、世界を救った見返りとして願いを叶えるというルールを作ったのは神様の方です。

 僕の願いを断れば、ミリク様は神様が定めたルールを破るという事になってしまいます。自らが定めたルールを破る方が他の人に示しが付かないんじゃありませんか?」


『い、言ってくれるのぅ……。お主、もしや最初から断られると覚悟したうえで、儂にそのような挑発をしておるのか……?』


 ミリク様はこめかみをひくつかせながら僕を睨む。僕は言い返さずに、ミリク様の圧力に耐えながら睨み返す。


「……」『……』


 そうしてしばらく睨み合ってると、ミリク様は表情を変えないまま一歩下がる。


「ミリク様?」


『……気持ちは分かった。お主の指摘もそれなりの筋が通っておる。

 しかし先ほど言ったように、咎人に何の罰も与えずに願いを叶えることは出来ぬのだ。神がそれを何の処罰もなく許してしてしまえば、『善』と『悪』の境界が曖昧になってしまう。

 人が不慮の事故で罪を犯した場合でも、人の手によって裁きが下されるだろう? 誰かがそれを”断罪”せねば世が荒れる。つまりそういうことじゃ』


「……」


『……時に、レイよ。……お主、””敵討ち”という言葉を知っているか? お主が元々住んでいた国の大昔の言葉でのぅ。殺人などを行った悪者を、殺された者の身内が悪者を成敗するという大昔の制度の話じゃが』


「……?」


「……一応、僕は授業で習った事はあります」


『はっきり言ってしまえば、この制度は間違っている。

 理由は簡単。殺された者の身内が、その敵討ちを成した場合、更に殺された相手の身内にも””敵討ち”の資格を得てしまう。

 こうなってしまうと、両方の一族が完全に絶えるまで”敵討ち”が繰り返されてしまう。報復の連鎖など誰も幸せにならず、最終的に全員を不幸にしてしまう。何処かでその因果を断つ必要がある。だからこそ”敵討ち”は廃止され、第三者がルールに則って悪を裁くようになった』


「……何が言いたいんですか?」


『……しかし、こういう例外もある。”司法取引”という制度を知っているか?』


「……ええと、ドラマとか漫画の知識だけなら……」


「……私は全く分からない……」


 僕とアカメがそう答えると、ミリク様は『まぁ、アカメは知らぬのも無理はなかろう』と言って話を続ける。


『”司法取引”とは、罪を免除する代わりに、特定の犯罪の解決に協力するという社会制度の事を指す。”毒を以て毒を制す”という諺を知っているじゃろう? ……アカメよ、儂が何が言いたいのか分かるか?』


「……私に何かさせたいということ?」


『人聞きの悪いことを言うでないわ。あくまでこれは”司法取引”じゃぞ。……お主のこれまでの罪を問わない代わりに、こちらの提示した条件を達成してもらう必要がある。さて、レイよ。お主にも協力してもらう形となるがどうする? 条件さえ呑んでくれれば、お主の願いを叶えよう』


「僕はアカメを助けられるならどんなことでもやります」


『ちゅ、躊躇なしか……まだ条件の提示すらしていないというのに………』


 ミリク様は驚くが、僕は気にしない。


『……ふむ、分かった。交渉成立じゃの』

「!!」


 その言葉に、僕とアカメは表情を変える。

 そしてミリク様はアカメに手を翳して、高らかに叫んだ。


『―――大地の女神、ミリクの名の下に。この咎人の罪を洗い流そう。しかし、咎人が再び悪に手を染めることがあれば、その”魂”、二度と転生する事叶わず、輪廻の輪から完全に外されるものと知れ』


「……」


 アカメは目を瞑ってそれを受け止めている。


『……これでよし。アカメよ、お主の罪は帳消しという扱いになったぞ。無論、儂やレイ達を裏切ることにになれば話は変わるがな』


「!!」


 ミリク様はそう言ってアカメの頭を撫でると、彼女は目を開く。


『そして、次はその肉体じゃな……。

 ―――大地の女神、ミリクの名の下に。その身体に宿る”魔”の力を浄化し、元の姿へと戻す』


 アカメの足元に魔法陣が展開される。そして、魔法陣は眩い光を放ち……同時にアカメの様子が変化していく。彼女の額や頭のツノと悪魔の翼が消失していく。そして見た目が通常の人間と変わらなくなった。


「……私……これで……」


『これでお主は人間として暮らすことが出来る。感謝するが良い』


 アカメは立ち上がると、自分の肉体を何度も触って確認していた。


「ほ、本当に元の身体に……。凄い……これが神の力……」


『そうじゃな。儂の力は偉大じゃからな』


「……」


 アカメは嬉しそうに自分の身体を抱きしめていた。

 その姿を見て、僕も彼女にそっと寄り添って彼女を抱きしめる。


「お兄ちゃん……」


「良かった、本当に……」


『よしよし、これで全て解決……とは言わんが、まぁ一つの問題は片付いたのぅ』


 ミリク様はそう言って僕達を眺めている。が、次の瞬間―――


 ――ポンッ!!


「ん?」「え?」


 アカメの背中から何かが飛び出した。僕が彼女の背中を確認すると……。


「え、なにこれ……」


 彼女の背中から、先ほどまでの悪魔の翼とは反転した、”真っ白”な小さい翼が生えていた。その翼は、悪魔というか天使の翼のようだった。


「……私の背中、どうなった?」


 アカメは背中に何が起こってるか分からずに戸惑っている。しかし、次の瞬間にはその翼が消えてしまった。


「ミリク様、これどういうことです?」


『うむ……。その者の”魔”の力は間違いなく消し去ったのだが……。……すまん、儂もよく分からん!』


「ええ……」


『だが、”魔”の力は完全に消え去っておる。見た感じ、アカメはその翼の制御も可能ではないのか?』


「……アカメ、どうなの?」


「……やってみる」


 アカメが手を前に出すと、その再び背中に小さな白い翼が現れてパタパタと動き始める。


「あ、これ……私の意思で動かせる……」


「天使の翼みたいだね……」


『ふむ、儂の力を受けて性質が反転したのやもしれぬな。自由に消すことも出来るのであれば、日常生活に支障はあるまい?』


「アカメ、本当に大丈夫? 何か変な感じとかしない?」


「ん……大丈夫、問題なく消せるし……悪魔の翼と違って、変な瘴気を放つことも無さそう……」


 アカメはそう言って翼を消していく。そして、彼女の背中から完全に翼が消えたのを確認してから、僕はミリク様に頭を下げる。


「ミリク様、本当にありがとうございました」


『まぁ予想外の事もあったが……これにてアカメの件は解決じゃの。ひとまずお主らは帰ると良い』


「司法取引の事は良いんですか?」


『今は堅苦しい話は抜きにしよう。早く帰って仲間達にその姿を見せてやれ。そのうちこちらから連絡を寄越すから、続きはその時にしよう』


「分かりました」


 僕はアカメと手を繋ぐ。


『……レイ、アカメ。お主らのこれからに幸多からんことを』


「……はい!」「……(コクリ)」


 僕とアカメはミリク様に向かって頭を下げると、そのまま光に包まれていった……。

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