第189話 仮入隊

「―――ふむ、ようやく来てくれたか」

 僕達がカレンさんの案内でギルドに訪れると、リカルドさんが待っていた。


「遅くなってごめんなさい。

 ちょっと色々ありまして、カレンさんに案内してもらってました」

 リカルドさんは後ろのカレンさんを見て、軽く会釈する。


「そうか、この場所の事を説明していなかったな。ルミナリア殿、感謝する」


「構わないわ、リカルドさん。

 私も今回の話に噛ませてもらうことにするから」


「ルミナリア殿が……?

 という事は、昨日の件も既に説明済みということか?少年」


「あ、はい……。

 ええと、やっぱり早まりましたか?」


「いや、いずれ彼女の耳にも入る話だ。

 早いか遅いかの違いだろうさ、問題は無い」


「良かったです」


「ところで、早速本題に入りたい……。

 一通りの説明は既に冒険者ギルドに伝えてある。

 ……少年たちの事もな。その件で、ギルドの上がキミ達から直接話を聞きたいらしい。付いて来てくれ」


「それは構いませんが、ウオッカさんはどうしたんですか?」


「ああ、ウオッカは昨日の戦いで疲労してしまったようだ。有体に言えば彼は数日間休養を取る。しばらくは私が<特務隊>の指揮を担うつもりだ」


「成程……」

「それでは行こうか。こちらへ」

 僕達は、リカルドさんに連れられて奥の部屋へと移動する。


 ◆


「失礼いたします」

 扉をノックすると中から声が聞こえた。


「入りたまえ」

 許可を得たので、僕達は扉を開けて部屋の中に入る。


「失礼致します。<特務隊>のバイスマスターのリカルドです。

 今朝、話に出た今回の<黒の剣>の情報、及び<廃坑調査>に力を貸してくださった四人を連れてきました」


 中に居た人は、随分長身の体格の男性だった。

 歳は四十代くらいだろうか。

 ギルド職員というよりは冒険者のような風体だ。


「ほほう……彼ら四人か。

 ……随分と若い連中だな……頼りになるのか?」


 男性はこちらを値踏みするような眼で僕達を見つめる。

 何というか、あんまり良い気分じゃないな……。


「―――エドワードさん。

 呼びつけておいてそれは彼らにあまりにも失礼じゃないかしら」


「……すまない。つい癖でね」

 カレンさんの一言に、男性の表情が少し緩んだ。


「初めまして。私は<サイド>の冒険者ギルドの首領、

 エドワード・エルリックと言うものだ。よろしく頼むよ」


 エドワードさんは僕に手を差し出す。

 握手をしろという事だろうか。


「……よろしくお願いします」

 僕は手を取って握る。……エドワードさんの視線を感じる。

 何か変なところでもあるのかな?


「……うむ、なるほどな。

 リカルドが信頼するだけの事はある。大した実力だ」

「えっ?」


「済まないが、今のでキミの強さを測らせてもらった。驚いたな。そこの<蒼の剣姫>以外にもこれだけの実力を持つ若者がいるとは……」


「彼だけじゃないわよ」

 エドワードさんの言葉に異を唱えたのはカレンさんだった。


「どういうことだ。<蒼の剣姫>」


「……別に、ここにいる他の三人も同じくらい強いって言いたいだけ」

 ふん、とカレンさんは少し拗ねた表情をしている。

 ……?なんだろう、カレンさんは多分僕達以外の誰かの事を言いたかったように思える。何でそれを言わなかったのかは分からないけど。


「そうか、それは頼もしいな。君たちの活躍は聞いている。

 リカルドからの依頼を受けて<廃坑の調査>を行ったそうだね」

「はい」


「そして、もう一つの件も、<黒の剣>の話もだ」

「……はい」

 おそらく、エドワードさんの話はこちらが本命なのだろう。


「リカルドから大体のあらましは聞いている。人間を化け物のように変え理性を失わせ、下級の魔物を上位種に進化させる恐るべき<黒の剣>の事。

 そして、それを配り歩いていた『死の商人デウス』、

 <廃坑>の隠し通路で見つけた<黒の剣>の原型と思われるもの」


「はい」

「キミ達がもたらした情報は様々な疑問に答えをくれた。

 何故、ここ最近急激に魔物が強くなっていったのか。ごく稀に出現する途轍もない力を持った<影の魔物>、そして正気を失った冒険者の凶行、それらが全て繋がったよ」


「冒険者の凶行……ですか」


「そうだ。キミ達の情報の一つにあっただろう?

『冒険者が黒の剣に狂わされて同じ冒険者に襲い掛かった』という話だ。似たような事例は実はこの大陸で既に起きていたのだ。もっとも、大事になる前に<蒼の剣姫>が解決したようだがな」


「カレンさんが……」

「…………」

 カレンさんは何も語らない。


「……その事件が起こったのは数日前だ。

 緊急の依頼だったのだが、彼女が迅速に解決に導いてくれた」

 エドワードさんは続ける。


「これらの事件が<魔王>に関わるものであったとは驚きだ。この件は王宮の方でもすぐに話が行くだろう。

 ……しかしだ。肝心の<黒の剣>の所在は今回の<廃坑>に一件のみ。そして、『死の商人』こと『魔王の誕生を望む者』のデウスの足取りは今のところ掴めておらん。

 リカルドから、あるいは商人がこの街に向かった可能性という話も聞いてはいるが……今のところその情報は私の元へ届いていない。

 つまるところ、このままでは後手対応しか出来ない状況にある」


「成程……つまり、僕達に何を求めているんですか?」


「察しが良いな。……簡単に言えば、キミ達の協力を仰ぎたい。

 まず、今回の<廃坑調査>についてだが、<特務隊>としてキミ達の協力を要請したい。

 おそらくだが、あの廃坑にはまだ何かが隠されている。引き続き調査を行うつもりでいるが、強力な魔物の出現頻度が多いゆえに今の<特務隊>のみでは戦力不足だ。だからこそキミ達の戦力が不可欠になる。

 次に、『死の商人』の動向については、出来る限りこちらで情報収集を行いたい。私が所有する<調査隊>のメンバーを情報収集に当てるつもりだ。同時に、<黒の剣>の情報収集に努めるつもりでいる」


「分かりました。……姉さん達は大丈夫?」


 僕達単独で動いたとしても情報が足りなさすぎるし、

 外部で情報が手に入るなら協力もやぶさかでは無い。

 だけど、それは僕個人の意見でしかない。


「私はレイくんがそれでいいなら構わないのだけど……」


「まぁ……私も構いませんよ。ですけど、この街だけで動くのは流石に力不足だと思います。出来れば、この先にある<サクラタウン>の街とも連携を取れませんか?あちらはこの大陸では最も質の高い冒険者ばかりと訊いています」


「ふむ……。確かに、あそこはこの国で最も実力のある冒険者達が集まる街だったはずだな。最近、あちらは情報封鎖が行われているらしくあまり情報が入ってこないが、連絡を入れてみることにしよう」

「お願いします」


「……」

 カレンさんは今のエミリアとエドワードさんの話を無言で聞いていた。


「……カレンさん?どうかしたんです?」

「え?……ううん、何でもないわ。話を続けて頂戴」


 ……カレンさんは何か思惑があるのだろうか。

 エドワードさんとの会話を時々苦々しい顔で見守っているように見える。


「わたくしとしても協力そのものは喜ばしいと思います。

 ただ、今までのように自由に動けないことが不満ではあるのですが……」


「その辺りは勿論ずっと付き合ってくれと言うつもりはない。

 ある程度こちらから指示は出させて貰おうと思っているが、基本的には自由行動を認めようと思う。<蒼の剣姫>とて、本来はこちらのギルド管轄では無いからな」

 ……そうなんだ。


「カレンさんは元々は何処所属なんですか?」


「サクラタウンの方ね。

 でも王宮にも色々と世話になったから、王宮の仕事が優先かしらね」


「そうでしたか。ありがとうございます」


「さて、話はこれで終わりだ。

 報酬の件に関しては、後日リカルドの奴を通して渡させてもらう。しばらくはこちらの指示を待つ形となってもらうが、宿は取ってあるのか?」


「いえ、昨日のところはサレンさんのお屋敷にお世話になっていました」


「そうか、では今日はそちらに戻ると良いだろう。

 もし都合が悪ければ、その時にはリカルドに言ってくれ。こちらが都合を付けて宿を取らせてもらう。勿論、こちらが払うつもりだから安心してくれ」


「了解しました」

「では、また会おう諸君」

 エドワードさんは席を立つと颯爽とした様子で部屋を出て行った。


「……ふぅ、緊張したぁ……」

「お疲れ様でございます、レイ様」

「うん、ありがとう」

 あの人、話してて物凄い威圧感があるから怖いんだよ。


「ひとまず、これで少年たちは一時的に<特務隊>のメンバーに加わることになる。

 急な事で申し訳ないが、これからはしばらく頼む」

「ええ、リカルドさん。よろしくお願いしますね」

「よろしくお願いする」


 こうして僕達は、一時的にこの<サイド>の街を拠点にすることとなった。

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