第534話 学校5

 一人の男の子がイジメられていた。

 その様子を見て、僕は過去を思い出して居ても立っても居られなかった。

 僕はイジメられてる男の子を庇って、イジメっ子たちと対峙する。


 当人同士で解決しろなんて言う人もいるけど、そんなの無責任だ。

 近くに居るのに何もしないのは、一緒になってイジメてるのと何も変わらない。


 だから、だからこそ……。

 その辛さイジメを知ってる僕がこの子を守ってあげないと……!


「先生……」

 イジメられていた男の子は、涙目で僕を見る。

 僕はその男の子を見て、感情が込み上げそうになったが、

 どうにか抑えて、イジメっ子達に向けて冷静に話す。


「……キミ達、何のつもりだ?」

 その言葉に対して、暴力を振っていた男の子が言った。


「オレ達は父上の代わりに、借金を返そうとしない奴を成敗しようとしてるだけだよ!」

「そうそう、これは正当な行為ですよ」


 男の子の言葉に、もう一人の男の子がニヤニヤとしながら同意する。


 僕は後ろで庇ってる男の子をチラリと見る。

 男の子は、殴られた頬が赤く腫れていて、頬に手をやって涙を流している。


 その姿は昔、僕が学校でクラスメイトにイジメられていた姿を想起させるには十分だった。


「そいつも悪い事をしてるって自覚があるから抵抗しないんですよ。ボク達が正しいって分かってるんだ、いくら先生でも僕達の行動に文句言う資格なんてありませんよ」


「ああ、ネィルの言う通りさ!」

 ネィルと呼ばれた男の子の言葉に、彼の兄のフゥリは強く同意する。


 僕は彼らの言い分を黙って聞いてから、二人に質問する。


「……正当な行為、これが……? 僕には、気に入らない子に嫌がらせをして、悦に浸ってるだけのようにしか思えないけど?」


「な、なんだと!!」


 フゥリ兄さんと呼ばれた方は、僕の言葉が気に入らなかったのかあからさまに怒った態度を取る。さっき、この男の子に暴力を振るってたのもこっちだ。


「先生、酷いなぁ、ボク達は何も悪い事はしていないですよ」


 こっちが三男の方のネィルって子だろう。次男のフゥリと違って直接手を出す様な事をしていない。だけど、僕はこっちの子が兄のフゥリをけしかけたのだろうと予想する。


「そもそも、この子が借金をしたわけじゃないし、親同士の問題だろう? キミ達が彼に取り立てるのは筋違いだし子供に払えるわけない。分かったなら、この子を殴ったことを謝るんだ」


「なっ……!?」


「先生、さっきボクが言ったこと聴こえてなかったんですか?

 ボク達が悪いわけじゃなくて、そいつの親が借金を返さないのが悪いんです。それに、そいつは先生から庇われてるだけで、ボク達に何も言い返してこないじゃないですか。自分が悪いから何も言えないんですよ」


「違うね、ネィル君」

 僕は彼の名を呼びながら否定する。


「……っ、何が違うって言うんですか?」


「彼が何も言い返さないのは、キミ達がマーン家だからだ。

 親の権力を振りかざして暴力を振るうキミ達に抵抗すれば、酷い目に遭うのは自分じゃなくてお父さんだと言う事に気付いている。それを理解して耐えているこの子は、キミ達よりもずっと立派で賢いよ」


「うるさい!! 知ったような口を聞くんじゃねぇ!!」


 ネィル君の兄のフゥリ君は顔を真っ赤にして怒る。

 どうやら怒りっぽい性格らしい。そして、僕に向かって殴りかかってきた。彼は僕の顔面を目掛けて殴ろうとしたようだが背丈が足りず、結果的に僕の胸辺りに彼の拳が当たった。


 僕を殴ったフゥリ君はニヤリと笑う、しかし……。


「……これで気が済んだ?」

 僕はフゥリ君に無表情で問う。


「……っ!」

「僕の事なら、満足するまで好きなだけ殴ると良いよ、別に抵抗しない。

 だけど、彼をこれ以上傷付けるのは許さない。これ以上、キミの父上の名誉を汚したくなかったら、彼に素直に謝るんだ」


「……名誉を汚すってなんだよっ!」


「今のキミの行動だよ。キミが親の立場を理由にやったと言うなら、キミの行動はキミのお父さんの意思という事なる。

 だけど、今のキミは感情的になって殴ってるようにしか見えない。マーン家の男爵であるキミのお父さんは、こんな愚かな行為を子供に命令するような人なのか?」


「うぐ……」


「もし、そうだとしたなら、それは『貴族』そのものを侮辱する行為だよ。

 質問だけど、キミ達はお父さんに『殴っても良いから子供から借金を取り立てろ』……なんて言われたのかい?」


「く……くそっ………!!」


 フゥリ君は、何も言えなくなったのか、拳を引っ込めて後ろに下がる。が、彼の弟のネィル君は、それが気に入らなかったのか、顔をしかめながら言った。


「先生……ボク達に逆らってもいいんですか、見た感じ、先生も平民でしょ? 

 ボク達がマーン家の男爵の息子って知ってるみたいだけど、ボクがお父さんに『先生に酷い事言われた』って言うだけで、先生どうなると思います?」


 ネィル君の言葉は、子供にしては随分と性根のねじ曲がった発言だ。

 彼の兄であるフゥリ君の直接的な行為の方が、まだ子供らしくて可愛げがある。


 しかし、平民……か。


「……確かに、僕はキミ達と違って、特別な生まれじゃない。ごく一般的な家庭に生まれて、ごく普通の暮らしをしてた。そういう意味では、僕は『平民』かもね」


 もっとも、僕が育った国は、昔はともかく今は平民や貴族のような階級制度は無くなっている。国の象徴となる存在はいるけど、それも形骸化していて今じゃ誰も気にしていない。


 ネィル君は僕の言葉に満足したのか、嫌な笑みを浮かべる。


「なら、先生は黙っててくださいよ。ボクが言えば、先生と先生の家族は、王都に居られなくなりますよ。ほら、『ネィル君ごめんなさい』と言ってください。それで手打ちにしてあげますよ」


「……」

 ハイネリア先生はマーン家は男爵の地位を授かったけど、評判も良くないと言っていた。すると、この子供達の短絡さと陰湿さは、親譲りか、単に親の教育が悪いかのどちらかだろう。


 僕が無言で考えていると、痺れを切らしたネィル君は叫んだ。


「さぁ、先生言ってくださいよ!」「断るよ」


 考えるまでもなく即答する。


「なっ……!?」


「お父さんに言いたければ好きにすればいい。僕はただ、立場を利用して他人を貶める意地の悪い子供達に説教してるだけだよ。

 特にキミのように、自分は手を汚さずに兄に暴力を振るわせて、いざとなったら『僕は何もしてません』って感じで言い逃れしそうな子には、はっきりと指導してあげないとね。なにせ今の僕は、この学校の『先生』だから」


 その僕の言葉に、ネィル君は兄以上の怒りの表情を露わにした。


「な、なんだと!? お前……!!」


「キミの態度でなんとなく気付いたよ。フゥリ君を口八丁で操ったんだよね?

 そんな誘いになったフゥリ君にもちょっとだけ問題はあるけど、それでも彼は素直に拳を収めてくれたよ」


 そういって僕は、拳を握って俯いているフゥリ君にチラッと視線を向けて、すぐにネィル君に視線を戻す。


「でもネィル君、キミは兄が言いくるめられそうになったら、今度は父親の権力を使って脅してくる。それしかキミには手札が無いからね。そんなキミを僕は認めないし、キミが貴族を名乗る資格があるとは思えないな」


「な……ふ、ふざけるな!!!

 平民の癖に生意気だぞ、お前なんてボクの手に掛かればなぁぁぁぁぁ!!」


 ネィル君は激高して、発狂したように叫び出す。

 どうやら怒りっぽいのは、兄のフゥリ君だけじゃなかったらしい。


「平民って言うけど、キミは平民に対して誇れるもの何かあるの?」


「馬鹿なっ……格式ある貴族の家に生まれたんだぞ! 誇りこそあれど、恥じることなど無い!!」


「それはキミの家柄だろ?」


「貴族に生まれただけで偉いんだよ、平民がっっ!!!!」


「それで、貴族として生まれたキミは、その達者な口以外で何が出来るの?」


「こ、この……ボクを侮辱したこと、許さないぞ!!」


 ……結局、ネィル君は、自分自身で誇れるものは格式だけだったようだ。


「……周りを見てごらん?」

 僕はため息を吐いて、彼に言う。


「ま、周り……?」


 ネィル君が周囲を見渡すと、何事かと思い僕達の様子を伺っていた他の子供たちと、エミリアやハイネリア先生が真剣な目で見つけていた。


 そして、その子供たちの目線は、ネィル君に注がれている。

 そこから感じ取れる表情は、明らかに好意的ではなく不快を露わにしていた。


 自分を蔑むような目線を受けて、ネィル君は明らかに動揺していた。


「ここに居る子供たちの大半はキミと同じ『貴族』だよ。 

 だけど、彼らはみんな格式なんて誇らずに自分の力で生きていけるよう、この学校に入学してきた。その『精神』こそ『貴族』として相応しいと僕は思う……キミに、その『精神プライド』はあるかい?」


 僕は彼にそう問いかけた。

 これで少しは思い直してくれるといいんだけど……と思ったのだが――


「う……うぅ……うるさい!! 黙れぇええええええ!!」

 ネィル君は僕の言葉が届かなかったのか、叫びながら学校の門に向かって走って行ってしまった。


「あっ……まだ色々と言いたい事あるのに……」

 一瞬、彼を追いかけようかなと思ったけど、察してくれたエミリアが頷いて彼を追いかけて行ってくれた。


「大丈夫かな……まぁ、それはそれとして……」


 僕は残された二人の男の子の方を向く。一人は、殴られた頬を手で押さえているイジメられていた少年。だけど、もう涙は止まっていた。僕はその男の子に駆け寄って声を掛ける。


「ごめんね、もう少し早く止めてあげれたら良かったんだけど……」


 僕はそう言いながら男の子の頭を撫でて、同時に回復魔法を発動させる。

 すると、彼の頬の赤みが無くなり、みるみると腫れが引いていく。


「い、痛みが……」

「もう大丈夫だと思うけど……」


 僕が頭から手を退けると、男の子は頬から手を放す。

 すっかり腫れは消えていて痛みは無いようだった。


「あ、ありがとう、先生……」

「ううん、当然だよ。……それよりも」


 僕は男の子に笑顔で応じながら、もう一人の男の子に視線を移す。

 ネィル君の兄のフゥリ君だ。彼はずっと下を向いて俯いていた。


「フゥリ君、こっちにおいで」

 僕は彼に手招きをする。すると、彼は黙ったままこちらに近付いてきた。


「フゥリ君、もしキミが彼を殴ったことを後悔してるなら、素直に謝ってあげてほしい。許してくれるかは分からないけど、それでもこのままよりずっと良いはずだから……」

「……」


 フゥリ君は、僕と顔を合わさずに男の子の傍まで歩いていく。

 そして、彼は顔を上げて言った。


「……殴って、ごめんなさい……」


 フゥリ君は、とても小さな声で呟いた。

 すると、男の子は首を横に振って言う。


「……いいよ、ぼくも何も言えなかったから……」

「……ごめん」


 フゥリ君は、もう一度彼に小さく謝る。どうやら本当に反省してくれたようだ。


「(ほっ……良かった……)」

 弟のネィルくんはダメだったけど、兄のフゥリ君はちゃんと分かってくれた。僕の説教が功を為したのか、違う原因もあるかもだけど、どっちが理由でも悪い結果じゃないはずだ。


「名前……」

「え?」

「……名前、教えろ……」


 フゥリ君は、言うのが恥ずかしかったのか、顔を背けて男の子に尋ねる。

 男の子は不思議そうな顔をしながら答える。


「名前……? ぼくは、ルウ・ブランデル」

「……フゥリだ」


 そう言って二人は握手をした。……これで仲直りできたかな?


「良かった、これからは仲良くしてあげてね。もう殴っちゃダメだよ、フゥリ君?」


 僕はそう言いながら二人の頭を撫でる。

 ルウ君は僕の言葉にすぐに頷き、フゥリ君は間を置いて、こくんと頭を下げた。


「……じゃ、そろそろ教室に戻ろう、もうすぐ授業だよ」


 僕は振り返って二人を連れて、先程まで居た校舎の中へ戻っていく。


 さっきまで喧嘩の様子を見ていた子供たちは既に教室に戻っており、ハイネリア先生だけ僕達の様子を見守ってくれていたようだ。


 ハイネリア先生は安心したようで、僕の顔を見て柔らかい笑顔を向けてくれ、僕達の隣に歩いて話しかけてきた。


「レイ先生、頑張りましたね」


「……あはは、でもネィル君には悪い事しちゃったかも……」


 僕は照れながら返事をする。


「教育者をやってるとそういう事もありますよ。

 今はこの子達が仲直り出来て良かった、それだけでも十分ですわ」


 ハイネリア先生は、僕の背中をポンッと叩いて励ましてくれる。


「ありがとうございます……」

 僕はそうお礼を言いながら、自分の胸が熱くなるのを感じた。





 ―――余談。




「あ、そうそう」


「え?」


「エミリア先生がネィル君を追いかけて行ってしまったので、次の授業の担当が居ません。代わりに、レイ先生、お願いしますね」


「え゛っ」


「頑張ってください、レイ先生!」

「う、うぅ~ん……」


 こうして、ネィル君が起こした騒動は幕を閉じた……の、だろうか?

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