第533話 学校4

 次の日の朝―――


「ふぁぁ……」

「ああ、眠い……です……」

 昨夜遅くまでの作業のせいで完全に寝不足だった。


「もう、そんな調子じゃ困りますよ二人とも。

 これから子供達に教える立場なんですからしっかりしてもらわないと!」


「はい……すいません」

「うう、面目無いです……」


 僕達は眠い目を擦りながら教室に向かう。

 そして、教室に着いて扉を開けて子供達に挨拶を行う。


「おはようございます、皆さん」

「おはよーございます」

「おはようです、せんせー」


 僕達が挨拶すると、何人かの子供達が元気よく挨拶する。

 しかし、一部の子供達はこちらに視線を向けるだけで、特に反応を示さない。

 恐らく、まだ僕達に慣れていないんだろう。


「さぁ、授業を始めます……と、言いたいですが」

 ハイネリア先生は言葉をそこで一旦区切り、手に持っていた紙袋を教卓に置いて中身を取り出す。


「その前に、昨日のテストの採点が終わったので返却しますね」

「えー!?」


 ハイネリア先生の言葉に露骨に嫌な反応を示す子供が数人。


「さぁ、名前を呼ばれた子供は前に出て来てください」


 子供達は順番に呼ばれていき、テストが返されていく。

 テストが返される度に、不満の声や喜びの声が聞こえてくる。


「今回のテストの結果ですが、流石に満点はいませんでしたね。ですが、一般教養や計算問題に関しては、一般的な家庭の子供達と比較しても高水準でした。皆もこの結果を自信にして頑張ってくださいね」


「はーい」

「やったー♪」

「ほっ……」

 結果を聞き終えた子供達は、それぞれが喜怒哀楽の感情を見せながら席へ戻っていく。


「では授業を始めます。支給されている教科書を開いてください。ページは――」


 こうして、ハイネリア先生による授業が始まった。


「……」

 僕は、授業を受ける子供たちの様子を眺めていた。やはり、ハイネリア先生の教え方が良いのか、どの子も熱心に授業を聞いている。


 エミリアの方を見ると、彼女は真剣に授業の様子を見ている。時折メモを取ったり、ハイネリア先生の言葉に無言で言葉を頷いたりしているのを見る感じ、どうやら参考にして取り入れようとしているらしい。


 そして、一時間程でチャイムが鳴って、初めての授業が終わる。


「ハイネリア先生、ありがとうございましたー」

「はい、また分からない所があったらいつでも聞きに来て下さいね」


 ハイネリア先生は、そう言って子供達に微笑みかける。



 そして、お昼休み中―――



 子供達は、教室や校舎の外で思い思いに過ごしている。


 元々親交のあった中の良い子同士は、机を合わせて一緒にお弁当を食べながら話をしている。ただ、貴族の子息という事もあり、中にはプライドのせいで友達がいない子もいるようだった。


「ねぇねぇ、エミリア先生ー」

「……何ですか?」


 エミリアは、一人の男の子に声を掛けられていた。


「先生って何歳なの?」


「十五歳ですね」


「子供じゃん!!」


「あなた達よりは大人ですよ」


 エミリアはジト目で、手に持ったパンをカジカジしながら答える。


「で、何の用ですか?」


「先生って恋人とかいないの?」


「居たとしても言いませんよ、プライベートな話なので」


「うっそだー!! 表情も硬いし、絶対モテないだろ!?」

「あ?」


 エミリアは、鋭い眼光で男の子を見つめる。


「ひっ!?」

 すると、その子は怯えた様子で後ずさりする。

 子供はそのまま逃げていった。


「(エミリア、大人げないよ……)」

 もうちょっと軽くあしらってあげればいいのに……。

 

 そう思った僕は、隣で食事をしているハイネリア先生に声を掛ける。ハイネリア先生も僕と同じようにエミリアと男の子の掛け合いを見ていたようだ。


「ハイネリア先生、エミリアの態度に何か言わないんですか?」


「ふふ、子供なんてあんなものですよ。

 それに、エミリア・カトレットも昔とあまり変わらないようで安心しました」


「はぁ……(エミリアは昔からこんな感じだったのか)」


「あのくらいの男の子は気になる女の子にちょっかいを掛けるものです。多少冷たくあしらったところで、あの年頃の男の子はめげたり傷ついたりしません。むしろ、余計にムキになって突っかかってくるだけです、可愛いものです」


「そういうもんなんですか……」


「レイ先生も少し前までそんな感じだったのでは?」


「……うーん、僕はそうでもなかったかも」


 結構人見知りだったし、男の人には殴られたりしてイジメられる側だったもん。逆に女の子は、僕の事を可愛い可愛いとかとか言いながら揶揄ってくることが多かった。


 なので、冷たくされるというよりペット扱いされてた。


 ……だけど、今のハイネリア先生の話と聞いて思う所もあった。


 もしかすると、クラスメイトの男子達が僕をイジメていた理由は、この銀髪の色だけじゃなかったのかもしれない。良くも悪くも、女の子に構われていた僕に対する嫉妬の感情もあったのだろうか?


 そんな事を考えながら、昼食のサンドイッチを口に運んでいたその時――


「うわーん!!」


 校舎の外から泣き声が聞こえてきた。僕達は急いで教室の窓から校舎の外を覗く。すると、そこには一人の男の子に対して、二人の男の子が囲んで、片方が殴ったり蹴ったりしていた。


「おい、俺たちの父上が、お前の親父に施してやったのに、いつになったら返しに来るんだよっ」


「そうだよ、さっさと返しなよ、愚図!」

 片割れの男の子がそう言って、もう片方の男の子が別の子に暴力を振う。男の子をイジメている二人はブロンドの髪に背格好や顔立ちが似ている。兄弟だろうか?


「ぐぅ……、そ、そんなの僕に言われても……」


「親の責任は子供の責任だろっ!!」


「そうそう、フゥリ兄さん、もっとやっちゃって」


「痛いっ!」


 一人の男の子を二人がかりでイジメている二人組の男の子。フゥリと呼ばれた男の子が暴力をふるい、もう一人はニヤニヤした顔でその様子を見て楽しんでいた。


 ……その様子は、まさしく『イジメ』だ。


「……あの子達は?」


「……マーン家の次男と三男の、フゥリとネィルですね。殴られている子は平民の男の子のルウ君です……可哀想に……」


「施しを受けたんだからと返せと言ってますが……」


「……ルウ君の父親は、王都で商いをしていると聞いています。ですが、売り上げが伸びず、マーン家に借金をしてそれでどうにか商売を続けていると……」


「……」


「マーン家は男爵の地位を賜っていますが、評判が良くない家柄と聞いてます。平民から嫌われているようですし、男爵のこの学校に子供達を入学させていたのは正直、意外でした。……もしかしたら国王陛下に取り入ることを打算してのつもりかもしれませんね」


 ハイネリア先生は、醜いものを見る様な目で彼らを見つめている。


「……」

 僕はというと……その光景を見て、心がざわついていた。


「どうしますか? 助けに行きますか?」

「――言われるまでもない」


 僕は即座に返事をして、教室の窓を開けて校舎の外に飛び降りる。


「ちょっ……!?」

「わ、先生、凄い………」

「ここ、二階なのに……」


 ハイネリア先生の焦った声と女の子達から声が聞こえたが、今は気にしない。

 僕は着地すると同時に走り出し、彼らの元へ駆け寄っていく。そして僕は彼らの間に入って、イジメられている子に背を向けて男の子を庇う。


「先生……」

 僕の背で庇われている男の子が辛そうな声を出す。その声を聞いて、僕は煮えたぎりそうな気持ちを抑えながら、彼らイジメっ子に言った。


「―――キミ達、何のつもりだ………?」

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