第532話 学校3

 無事に子供たちに自己紹介を終えた僕達だが、次は子供たちの番だ。ハイネリア先生の指示の元、左の前の席の子から順番に簡単な自己紹介をしてもらう事になった。


「それでは、自己紹介お願いします」

「はいっ♪」

 一人の子供が椅子から立ちあがり、機嫌よく返事をする。


「リリエル・エルデです♪ エルデ家の次女で、好きなものは可愛いぬいぐるみ、優しい殿方です。よろしくお願いしますね、先生っ」


 リリエルちゃんは猫のぬいぐるみを抱きしめながら答えて、席に座る。

 今、リリエルちゃんずっと僕の方を向いて言ってたような……。


「リリエルさん、ありがとうございます。では次の人、どうぞ」

「はい」


 ハイネリア先生の言葉に、リリエルちゃんの後ろの席の子が立ちあがる。


「コレット・ルフトです。ルフト家の長女で、特技は運動、剣術です。女の子らしくないってよく言われますけど、ボクはちゃんと女の子だよ? みんな、よろしくね」


 コレットちゃんはクラスの皆にウィンクをして着席する。


「じゃあ次の人、どうぞ」

「……はい」


 ハイネリア先生の言葉に、後ろのメアリーちゃんが静かに立ち上がる。


「……メアリー・フランメ。よろしくお願いします」

 …………。


「……えっと、終わりですか? メアリーさん」

「……? はい」

「そ、そうですか……物静かな子ですね」


 ハイネリア先生は、誤魔化すように咳払いして気を取り直す。

 それから、特に問題なく子供たちの自己紹介は進んでいく。


 ……そして。


「自己紹介が終わったところで、今から簡単なテストをしてもらいます」


 ハイネリア先生は、教卓の引き出しの中に用意されていたプリントの束を取り出して、それを机の上に広げた。


「レイ先生、エミリア先生、子供達に一枚ずつプリントを配ってもらえますか」


 僕達はハイネリア先生にプリントを半分ずつ渡されて配っていく。


「さて、全員行き渡りましたね。

 今回のテストは常識問題と計算問題、それに魔法の基礎知識です。皆さんの今の学力を知りたいだけなので気負うことはありませんが、真面目に取り組んでくださいね。今から一時間ほど時間を取ります。私語は厳禁ですよ、それではどうぞ」


 そう言って、ハイネリア先生は軽く手を叩く。

 子供達の方に目を向けると、何人かの子供は渡された紙を見て目を輝かせていた。


 だが、大半の子供……特に男の子は嫌そうな表情をしていた。


「(まぁ、勉強が好きって子はあんまり居ないよね……)」


 僕もいきなりテストって言われたら絶対嫌がると思う。

 そんな事を考えていると、ハイネリア先生が僕とエミリアの肩を静かに叩く。


「レイ先生とエミリア先生は、子供たちを見守っててあげてください。時間になったら子供たちのプリント回収もお願いできますか?」


「はい」

「分かりました」

「ではこれを」


 僕達が返事をすると、ハイネリア先生にプリントを渡される。

 さっき子供たちに配ったものと全く同じものだった。


「先生、これは?」


「勿論、あなた達の分ですよ。時間までに全問回答お願いしますね」


「えっ!?」「マジですか」


 まさか自分の分まで用意しているとは思わなかった。

 僕はエミリアにこっそり耳打ちする。


「(エミリア、これって結構難しいんじゃ……?)」

「(簡単な問題だと思いますけど、異世界人のレイには難しいかも……)」


 エミリアは困った顔をして笑う。


「そうそう、万が一の話ですが、先生二人の点数が80点を下回った場合、今日の授業が終わった後、補習を行いますから覚悟しておいてくださいね」


 ハイネリア先生は満面の笑みで言った。


「……」「……」

 僕とエミリアは、思わず顔を見合わせる。


「それでは、頑張ってくださいね」

 そう言って、ハイネリア先生は教室を出ていった。


「……」「……レイ、頑張ってくださいね」

 エミリアはポンと僕の肩を叩くと、空いている机に座って問題を解き始めた。


「(……前途多難だ)」

 僕は頭を抱えながら、教卓に座って問題を解き始めた。


「(ええと、まずは名前を記入して……と)」

 僕はプリントの右上の名前記入欄に、異世界の文字で自分の名前を記入する。


「(姉さんに文字教わっておいて良かった……)」

 もし学んでいなかったら80点どころか0点だったかもしれない。


「(よし、次は計算問題だな。ええっと、問題は全部で10問……か)」


 基本的には足し算、引き算の問題だ。二桁の数字を使った簡単な問題ばかりで、最後の一問だけ簡単な掛け算だったけど、これなら小学生でも解けてしまうだろう。


 スラスラと迷うことなく記入していく。


「(ええと、次は……)」

 次の問題は、簡単な礼儀作法や食事のマナーの問題だった。これもカレンさんに教わっていたので答えられそうだ。少し頭を悩ませたもののなんとか解答欄を埋めていく。


 しかし、ここからが難問だった。


「(ええと、次は……歴史の問題か)」


『旧歴789年、旧王都メサイアにて、子供達が失踪する事件が多発した。

 その数は実に300人以上に上り、犯人の目星はついておらず、当時の学者は、この事件を【×××】と名付けた。この【×××】の名称を答えよ。』


「(うわ、難しそう……)」

 この旧暦というのは恐らく元の世界で言うところの西暦みたいなものだと思う。それが何年前なのかは分からないが、800年以上前の事なんて分かるわけがない。


 ……そのはずなのだけど。


「(もしかして……)」

 僕は、以前エミリアから聞いたことを思い出す。


『レイが突然失踪した時に、カレンに相談を持ち掛けたんですよ。その時、もしかしたらレイは×××に遭ったんじゃないか、とカレンは言っていました。どうも、今から数百年前に同じような出来事が頻発して、子供達が行方不明になったそうですよ。』


「(今から数百年前……それに、子供達が行方不明となると……)」

 僕はエミリアに聞いた言葉を思い出す。そして、解答欄に【神隠し】と記入した。 


「(次の問題は……)」


『幼い子供達が、不慮の事故で亡くなり、そのまま死にきれず現世に留まるケースがある。その一つに、現世と霊界に近い場所で、生前と限りなく近い姿で存在し続けるという事例が確認されている。その存在を何と呼称されているか答えよ。』


「(これは……)」

 僕は、この現象に遭遇したことがある。出会ったという方が正しいだろうか。そして、出会ったのは僕だけじゃなくて、同じようにテストを受けているエミリアもだ。


 僕はチラリとエミリアに視線を移す。

 彼女は真剣にプリントを解いているようだ。


 ……懐かしいな、あの子達は今もあの森の中にいるのだろうか?


「(……正解かどうかわからないけど、一応書いておこうか)」

 僕は、【レーシィ】と記入して次の問題に移る。


『新暦における二柱の女神の肩書きと名称を答えよ。』


「(これは僕でも分かるな……)」

 答えは、【大地の女神ミリク】と【風の女神イリスティリア】だ。

 どちらの女神も直接対面したため、その強烈な個性ゆえに忘れるわけがない。

 ミリク様に至っては、全裸を直視しそうになった。


 その後、いくつか問題があったが、なんとか全て埋められた。

 しかし、魔法分野の問題はさっぱり分からなかった。


『魔法とは何かを50文字~120文字以下の文章で答えよ。』


『魔法とは魔力を用いて発動する現象全般の事を指す。

 その中でも最もポピュラーなものは、火、氷、雷、風の四属性である。

 また、光、闇、土といった特殊系統も存在する。だが、これらの魔法にも分類されないような魔法が存在する。その魔法を三つ以上の例を挙げて答えよ。』


『マナを体内に取り込み魔力に変換する際、どのような過程を経るか40文字以上の文章で答えよ。』


 等々……正直お手上げだった。


「(ハイネリア先生がこの問題作ったのかなぁ……難しすぎるよ)」

 子供達も全問正解は無理なんじゃないだろうか?


 僕は、一応全ての問題を埋めてからプリントを裏返してテストを終えることにした。教卓から立ちあがると、既にエミリアは席を立って子供達の様子を見守っているようだった。


 僕はエミリアの傍に近付いて、小声で声を掛けた。


「どうだった?」

「ん、まぁ子供の問題ですからねぇ……」


 エミリアは余裕の表情で答える。


「レイの方こそ大丈夫ですか? ちょっと自信無さげに見えますけど」

「ちょっと魔法関連の問題がね……」

「あー、魔法体系とか理論に関しては教えた事ありませんでしたからね……仕方ないですよ……」

「でも、この調子だと補習受ける羽目に……」


 僕が弱気でそう言うと、エミリアはニコッと笑って言った。


「ハイネリア先生は厳しいですよ。覚悟してくださいね」

「うっ……それは嫌だなぁ……」


 そして、数分後。


「はい皆さん、無事にテストは解けましたか?」

 授業の終わりを告げる鐘が鳴ると同時に、ハイネリア先生が教壇に立った。


「それでは本日の授業はここまでです。明日から本格的な授業を開始します」

「みんなお疲れ様」

「気を付けて帰ってくださいねー」


 僕達はそう言って子供達を見送る。

 中には、僕達に礼儀正しく挨拶をしてくれる子もいた。


「ふぅ、これで今日の仕事は終わりっと」

「ええ、帰りましょうか」


 そう言って僕達は帰ろうとするのだが……。


「何処へ行こうというのでしょうか、せ・ん・せ・い?」


 笑顔なのに、威圧感しか感じないハイネリア先生に呼び止められてしまった。


「子供達を見送ったら、我々の仕事ですよ。

 明日の授業の準備、それに今日のテストの採点をしなければなりません。

 それに、あなた達の分も……今夜は帰しませんよ、ふふふふふ」


「ひぃ!?」

「あわわ……!!」

 

 そして、僕達は監視されながら泣く泣く仕事をする羽目になった。結局、その日の帰宅は深夜になり、お詫びという事でハイネリア先生が食事を奢ってくれた。

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