第531話 学校2
翌日、朝の食卓にて―――
一時的に学校の講師を務めることになったことを仲間に報告した。
「―――というわけで、明後日から僕は学校の先生だよ」
「同じく、私も先生です。これからはエミリア先生と呼んでください」
「……」
「……」
姉さんとレベッカは僕達の発言に生温かい目を送って食事を続ける。
「いや反応」
「もうちょっと何かありませんかね」
あまりにも反応が無かったので、こっちから求めてしまうのは仕方ないだろう。
「……いきなり先生と言われても、レイくん達だって子供よね?」
「申し訳ありません。てっきり夢でも見たのかと思い、微笑ましい目で見ておりました」
冗談と思われていたらしい。気持ちは分かるけども。
「一応、国王陛下からの正式な依頼だよ」
「私の恩師の先生の要望で短期間だけ講師の仕事をすることなったんですよ」
エミリアと僕はちょっと自慢気に言う。
「へー、……でも二人は何を教えられるの?」
「え?」
「……?」
姉さんの素朴な質問に、僕とエミリアは顔を見合わせる。
「……何も考えてない」
「……私もです」
「ダメじゃない!?」
「いやいや、一応多少は考えてはいるんだよ。エミリアは魔法が得意だから魔法の基礎の授業とか出来るだろうし」
「レイは、まぁ普通の授業内容は行けますよね? 大体低学年と同じ授業で良いと思いますが……」
「……しょ、小学生くらいなら……中学生だとちょっと怪しいかもしれない……」
何せ登校拒否歴が長い引きこもりだし、自信なんてあろうはずもない。
「不安しかないわ!!」
普段突っ込まれ役の姉さんの突っ込みが冴えわたる。
「ふむ……それならばレイ様は、実戦的な訓練などはどうでしょうか……? 武器の取り扱いなどを教えることで、将来冒険者や王宮の兵士になりたいと思っている子供たちに需要があるかもしれません」
「成程……エミリアはどう思う?」
「良いんじゃないでしょうか。ただ、子供達に怪我をさせないように優しく指導してあげてくださいね。レイならその辺は心配していませんけど」
「うん、気を付けるよ」
僕は頷く。すると、姉さんが名案とばかりに手を叩いて言った。
「そうだ!! 私達がレイくんをサポートする為に、一緒に学校に行って影から見守るというのはどうかしら?」
「なるほど、名案です。ベルフラウ様」
姉さんとレベッカは楽しそうにハイタッチにしてノリノリだ。
「えぇ……?」
「子供じゃなくて、先生の方に保護者が来る授業参観とは斬新ですね……」
「冷静に言われると恥ずかしくて死にたくなるんだけど……」
見に来てくれるのは嬉しいけど、恰好が付かないので丁寧に断った。
こうして、僕達は明後日から始まる講義に向けての準備を始めるのだった。
◆
―――そして二日後、いよいよその時が来た。
僕、エミリア、ハイネリア先生の三人は王都にある魔法学校に足を踏み入れた。担当するのは、新設された学部である『特別新生学科』。その学部は十歳未満で年齢も性別もバラバラな生徒が十人だけしか居ない。
「子供達はもう教室に集まっているはずです。二人とも、準備は良いですか?」
ハイネリア先生は僕達にそう質問する。
「は……はい……」
「が、が、頑張ります………」
緊張でガチガチになっている僕とエミリア。
「大丈夫ですよ。あなた達は普段通りの態度で子供達に接してあげてください。あなた達が緊張すると、子供達まで緊張してしまって上手くいきませんからね」
ハイネリア先生は僕達にそう言って僕達を元気づけてくれた。そして、僕達は魔法学校に新たに建てられた別館に向かう。ここで僕達は子供達と一緒に過ごすことになるのだ。
僕達が教室の様子を廊下から伺うと、小さな子供達十人が大人しく小さな机に座って待機していた。まず最初にハイネリア先生が「全員揃っていますね」と言いながら教室に入る。
その後、僕とエミリアが教室に入ると、一人の子供が声を出して言った。
「レイお兄様!!」
「えっ!?」
可愛らしい女の子が机から立ちあがり、キラキラした目でこちらを見ていた。
その子は、金髪ツーテイルで猫のぬいぐるみを胸に抱いていた。
「リリエルちゃん……」
「はいっ♪」
僕は彼女の名前を呼ぶ。
すると、金髪ツーテイルの女の子は目を輝かせて嬉しそうに返事をした。
この子の名前はリリエル・エルデ。
以前、僕達が失踪事件に関わった時に、犯人に捕らえられていた少女の一人だ。
その時、僕達はとある廃屋敷の一室に閉じ込められていた彼女を救助して、それ以降慕ってくれるようになった。
また、この教室にいるのは彼女だけではない。
他にも二人、僕が知ってる人物が生徒としてこの場に居る。
「お久しぶりです、レイお兄さん」
「レイお兄ちゃん……御機嫌よう……です……」
更に二人の女の子に声が掛かる。
「コレットちゃんに、メアリーちゃん。三人とも元気そうで良かったよ」
この少女二人もまた、リリエルちゃん同じく僕達が救助して保護した女の子達だ。
僕を『レイお兄さん』と呼んでくれた子はコレット・ルフト。
緑の髪色でショートヘアーのボーイッシュな感じの女の子だ。
もう一人の『レイお兄ちゃん』と呼んでくれた少女は、メアリー・フランメ。
小柄な女の子だが、立ち上がると足元まで付くかどうかってくらいロングの長い青髪の女の子だ。
三人共個性的でとても素直な良い子達だと思う。
「サクライ・レイさん、という事は彼女達が?」
「ええ、この子達です」
様子を見ていたハイネリア先生の質問に僕は頷いてから答える。
「なるほど……積もる話はあるでしょうが、今は授業中なので後にしましょう」
「はい」
「了解です、ハイネリア先生」
僕とエミリアは返事をする。
ハイネリア先生は僕達の返事を聞くと、教室の教卓の前に立つ。
ここからは予定通り、ハイネリア先生が進行していき、僕達はサポートに徹する。
その為に、僕とエミリアは教室の端で子供達の様子を見守ることにする。
僕と会話を交わした少女三人以外の子達は、どの子も比較的大人しそうな子が多かった。
年齢に多少ばらつきがあるものの、ここに居る子達はどの子も十歳未満。僕が元いた世界の基準に合わせるなら、小学校低学年に該当するはずだ。
その証拠に、一番年上に見える男の子でも九歳程度にしか見えない。
教卓に着いたハイネリア先生は子供達に向けて、話し始める。
「皆さん、初めまして。私は、ハイネリア・フレンス。この特別新生学科のメインの講師を務めさせていただきます。短い期間ではありますがよろしくお願いしますね」
ハイネリア先生が挨拶を終えると、子供達から拍手が巻き起こった。
「さて、早速授業を始めますが、その前に皆さんに紹介したい二人が居ます。
サクライ・レイ先生、エミリア・カトレット先生」
ハイネリア先生に呼ばれて、僕達二人は多少緊張しながらハイネリア先生の隣に移動する。
「順番に挨拶をお願いします。まずはエミリア・カトレット先生」
「……はい」
エミリアは、緊張のせいかやや表情を固くして前に出る。
「……エミリア・カトレットです。短期間でありますが、魔法の授業を受け持つことになりました。よろしくお願いします」
そう言って、エミリアは後ろに下がる。
が、そこにハイネリア先生から一言入る。
「……エミリア先生、もう少し何かないの?
最初の自己紹介ってのは大事よ。そんな強張った表情で言われても子供達が不安になるわ」
「す、すみません……」
「ほら、もう一度」
「は…はい……」
再びエミリアが教壇に立つ。
「エミリア・カトレットです。呼び捨てでも、エミリア先生でも構いません。
趣味は、魔道具蒐集、薬品調合、魔法の合成などにも力を入れています。もし、魔法の事で聞きたいことがあるなら私になんでも言ってください。……あと、少し今緊張しています。ちょっと表情が硬いかもしれませんが、慣れたらもう少し可愛くなると思うので許してください」
最後のエミリアの言葉で緊張が解けたのか、子供達の表情が緩む。エミリア自身も、ちゃんと言えたお陰で表情が緩んで、ハイネリア先生も特にこれ以上指摘するような事はしなかった。
「(ほっ……エミリア、なんとか切り抜けたみたい)」
僕は心の中で安堵した。ハイネリア先生はエミリアに対して少し厳しい。
エミリアがここまで緊張しているのは、子供の前という理由じゃないだろう。
「さて、次はサクライ・レイ先生」
「はい」
今度は僕の番だ。僕はエミリアと同じように前に出て、子供達に向き合う。
「……こほん」
僕は話す前に咳払いを行う。
そして、なるべく安心させるように表情を緩ませて言った。
「サクライ・レイです。レイと呼んでね。
僕が直接指導する機会は少ないと思うけど、課外授業や実践的な訓練担当だよ。
あと、魔法以外に困ったことがあったら何でも言って、僕が相談に乗るから」
そう言い終えると、子供達は「はい」と言ってくれた。
「うん、ありがとう。
それと……キミ達は、これから一緒に学びを共に仲間だ。
競い合ったり、意見が食い違ったり、もしかしたら喧嘩するかもしれない。
だけど、それでも相手を恨んだり傷付けたりしたら駄目だよ……分かった?」
僕がそうみんなの顔を見回して質問すると、
何人かは「はーい」という可愛らしい声で返事をしてくれた。
「皆さん、この二人は私と同じく、この学び舎に居る間はアナタ達の先生になります。だから二人を先生として敬って、仲良くするように」
「「「はいっ!!」」」
「よろしい」
子供達が元気よく返事をする様子に、ハイネリア先生も満足げな笑みを浮かべる。
こうして、僕とエミリアの特別新生学科での生活が始まった。
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